<書籍>超エロゲー

<書籍>超エロゲー

『超エロゲー』(2006年)

「超クソゲーシリーズ」のライターの中の一部による、
1982年から2006年までのアダルトゲームのレビュー本です。

60本超のタイトル数に、約200ページという構成になっていますね。
ちなみに、表紙はみさくらなんこつさんです。

超エロゲー

えっと、まず先に良かったところからなのですが、
単純にこういう幅広い年代を扱った書籍は珍しいので、
それを出したというだけでもそれなりに意味はあるのでしょう。
絵入りで紹介されていますので、
知らないゲームでもイメージが掴めやすいですしね。
へぇ~光栄って昔はこんなのも出していたんだ~って感じで、
知らない時代に興味がある人も読みやすいようになっています。

ただ、肝心の中身がね…
形式的なところから見ていきますと、
タイトルを間違えていたり発売年が間違っていたりと、
わりとアバウトな作りになっています。
そのため、データベース的な役割は担えないんですよね。

『Kanon』が『KANON』になっているのとかは、
もちろん熱烈なファンからすれば激怒ものなのでしょうが、
言いたいことは伝わるという意味では大きな問題ではないのでしょう。
しかしスクイズが2000年になっているような誤りの場合だと、
歴史を順に追うことにも支障をきたしますからね。
個人サイトならまだしも、本書はお金を取る売り物なわけですから、
もう少しキッチリして欲しかったですね。
まぁ、このレベルでの年代の間違えなんてのは、
ちょっと論外な気もしますけどね・・・

内容面では前述のように約60タイトルを、
200ページほどにわたって紹介しています。
1タイトル辺りは少ないもので1ページ、多いもので5ページですが、
基本的には2ページのものが多いでしょうか。
出版社の内容紹介には徹底攻略&レビューとありますが、
ゲームの攻略記事はありません。
レビューというか、感想がほとんどになります。

たかだか200ページに約25年分を集約するわけですから、
いろいろと困難は生じるでしょう。
しかしそれを考慮したとしても、
もう少し方向性を持たせることはできなかったのでしょうか。

本書は通史を扱うというものではなく、
あくまで個々の作品のレビュー集です。
だから本書を読んでも、歴史的な流れはつかめません。

もっとも個々のレビューの集合体と言えども、
その扱う作品次第では何となくつかめるようにもって行くことも出来たはず。
どの作品を取り上げるかは企画の方向性で異なってくるのでしょうが、
例えばleafでは『雫』や『To Heart』を扱っています。
歴史の流れという観点からは、
この2作を扱い逆に『痕』を外すのは妥当でしょう。
ところがkey関連では『Kanon』と『AIR』を扱っています。
leafと同じ視点で語るならばむしろ『ONE』を扱うべきだろうし、
玄人っぽくするなら『MOON.』だけを扱い、
その記事内で以後の作品に触れるというのもありでしょう。
逆にkeyと同じ扱いでleafを考えるならば、
他は外しても『痕』だけは入れるべきとなるでしょうし。

歴史における流れを重視するのか、
それとも個々に印象の強い作品を扱うのか、
選択した作品に基準や方向性が見えないため、
何とも中途半端な印象を抱いてしまうのです。
歴史の流れにおけるターニングポイントとなる作品を追えば、
個々のレビューであっても全体で通史を追った気になれます。
他方でインパクトの強かった作品だけを扱えば、
その年における名高い作品を知ることができます。
本書は扱う作品の方向性が見えないから、どうにも困るのです。
だから結局寄せ集めにすぎなく見えてしまうわけですね。

次に各論的な個々のレビューに関してですが。
基本的に皮肉ったような、斜に構えたような文体です。
それがライターの味と割り切れれば楽しめるのでしょうが、
各作品の熱烈なファンは不愉快になりかねませんので、
その点は注意する必要があるでしょう。
それとこういう文体であるからか、
どうも何が特徴で評判になったかが微妙に伝わりにくいのですよ。
面白さを伝えるでもなく、
かと言って厳しく駄目だしをするでもなく、
毒にも薬にもならない感じです。

まぁ、それでも書かれた内容に間違いがなければ使いようもあるのですが、
例えば『AIR』では『Dream』の後に『AIR』が始まり、
その後に『SUMMER』が始まるなど、
本当にプレイしたか疑いたくなるようなちょっと考えられない間違いもあります。
そのため、内容的にも信用しにくいんですよね。

本書は大きく8ビット時代、16ビット時代、windows時代と区分しています。
世間では後半のwindows時代に難があるとの意見を多く見ますが、
後半であるwindows時代は知っている人も多いから、
自身の認識と照らし合わせやすく、
結果的に間違いや難が多く語られやすいだけなんだと思います。

個人的には本書は全体を通じて同じ感じで進んでいると思いますから。
例えば『黒の断章』がクトゥルフ神話を扱った先駆者と言われても、
首を傾げざるをえません。
『ネクロノミコン』とかそれ以前にもあったわけですしね。

また『河原崎家の一族』を、
マルチストーリー・マルチエンディングの先駆けと書く点も、
多くの誤解を招きかねません。
この手のゲームは80年代にもあったわけですから。
もちろん本格的にブームになるのは河原崎以後ですので、
「ブームの先駆け」と言うなら何ら問題はないんですけどね。
決して間違いとは言い切れないけれど、
知らない人には誤解を与えかねないような、
そういう言い回しが多いのです。

さらに、いつも思うのですが、
サウンドノベル→ビジュアルノベルの視点でしか書けない奴は、
誤解しか与えないから書くなよと。
以前雑記で扱ったので今回は省略しますが、
ノベルゲーをビジュアルノベルから語りだす時点で、
もう間違っているのですよ。

それとYU-NOをストーリーとADMSの視点でしか書けない奴も、もう書くなと。
少なくとも基礎システム部分とストーリーとの融合に触れていないと、
どんなに文章が上手くても読むに値しない。

もっと酷いのは『同級生』で、
システム面の分析が全くできていないから初代の魅力は全く伝わってこないし、
ひいては何故『下級生』が一部で批判されたかも分からないのです。

こうしてみると個人的な見解としては、
むしろ8ビット時代や16ビット時代の方が問題は大きいのかなと。
windows時代以降はほとんどノベルゲーになりますし、
レビューもあらすじと内容に対する感想が中心になります。
テキストを読んでどう感じたかなんてのは結局はその人次第なわけで、
自分と意見が合う合わないは当然あると思いますが、
それでも事実に対する評価・感想に対しては、
どんな内容であっても決して誤りとまでは言えないと思うのですよ。
でも、基礎的な事実面の認識がおかしいと、
やっぱりそれは誤りだろとなってしまうわけで。
そういう面が16ビット時代とかの方が多いように思うので、
個人的にはむしろ前半部分の方が誤りや問題が大きいのではと感じたわけです。
まぁ、知らなければそういうもんかと読み流してしまうんでしょうけどね…

そういうわけで、個人的には何とも役に立たない本だったなと。
時間とお金が勿体無かった。
超クソゲーの方は立ち読みで少し見ただけだけど、
もう少し面白いと思ったんだけどね。
まぁ私には何も得るものはなかったのだけれど、
如何せんこういうのは絶対数が少ないので、
読み物と割り切ればそれなりに楽しめるのかもしれませんね。


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