アダルトゲームの歴史 1993年 その4

アダルトゲームの歴史 1993年 その4

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第24弾ということで、
1993年の第4回目になります。

今回は前回の続きでゲームシステムとまとめの話になります。

ADVとノベルの垣根がなくなっていく一方で、読み進める、たまに現れる選択肢を選ぶと展開が変化するというノベル構造を有したゲームは昨年・一昨年と激減したものの、80年代後半からずっと発売され続けていました。93年だって従来と似た形式の作品では『奈緒美』(フェアリーテール)などがあります。
しかし構造レベルでは古くからあるものの、それを面白いと感じられるか否かはまた別の問題です。ぶっちゃけて言っちゃうと、いくら選択肢により展開が変化するとしても、その変化の幅が少ないと異なる展開を楽しむという面白さを見出せない場合があるよねって話です。
じゃあどこから見出せるかとなると、2通りのストーリーで満足できちゃうって人もいるかもしれませんし、せめて5通りはって人もいるだろうし、10通りいるのか、それとも20以上必要なのかとなると、その境界線は人それぞれになってしまいます。
これまでノベルゲームが強く支持されてこなかったのは幾つか理由がありますが、その中にサクサク話が進むわりに早く進む分を補うだけのボリュームに乏しいことと、展開の幅が少なくゲーム的な面白さが伝わりにくかったことがあるのでしょう。特にボリュームは、少なくても濃い別の要素があれば十分と考える人がいる一方で、どれだけ濃くてもボリュームがないだけで即クソゲーの烙印を押す人も今でも非常に多くいますからね。家庭用ゲーム機におけるADV人気の衰退も一度クリアしたら終わりな上に他ジャンルよりボリュームがない点は大きいですし、一般的な人気という意味では、ボリュームは常にネックになった部分でした。
それをある程度克服してきたのがゲーム機ではチュンソフトの『弟切草』だったのですが、アダルトゲームの世界でも全体的にボリュームが増えてくることで、ある程度の展開の幅とボリュームを備えたゲームが出てきます。それがエルフの別ブランドであるシルキーズの『河原崎家の一族』であり、カクテルソフトの『電話のベルが…』になります。『河原崎家の一族』は18種のストーリーがあり、『電話のベルが…』では28種のストーリーがありました。これまでのノベル系から比べると飛躍的に数が増えたことで、面白いと感じられる人が増えたわけですね。

ここからは主観というか、というかここまでも何種類の話が含まれれば楽しめるかなんて主観の話なんですけどね。主観絡みで言うともう1個問題があります。
ノベルは読ませることが主であるだけに、ストーリーの占める割合が大きくなります。右を選ぶか左を選ぶかと聞かれても、どっちも興味が持てなければそれまでですしね。『弟切草』だってフラグの整合性に難があったり馬鹿ゲーっぽい内容が含まれていたことから、当初はそこで初めてノベルゲーに触れて(家庭用に限れば初でした)、システムに興味を持てた狭い範囲での支持でしかありませんでした。それが幅広く注目されるようになったのは、ストーリー面も強めた『かまいたちの夜』がヒットしたからです。
アダルトゲームにも同様のことが言えるわけで、時期的には河原崎よりも『電話のベルが…』の方が早いのですが、「エロティックバカノベル」と題していたように、内容がいろいろバカなんですね。だからあまり認知度の普及につながらなかったのかもしれません。
『河原崎家の一族』はストーリー部分を見てみますと、後にブームになる館モノのゲームであり、その中で繰り広げられる淫靡な世界を描いていた作品でした。エルフゆえに基本的なストーリーが良かったこともありますが、これぞアダルトゲームなんだと、ノベルゲームをアダルトなゲームとして「再構成」したことが大きかったのでしょう。こういうノベルゲームの元祖として『河原崎家の一族』が語られることもありますが、これまで散々書いてきたように、既に何本もある以上厳密には元祖ではありません。しかし、もちろん中には河原崎で初めて触れた人もいるのでしょうが、それを抜きにしても淫靡な世界を描いたアダルトらしさを伴ったゲームとして質・量共に初めて備えた内容だったことから、長く誤解されるだけのインパクトを多くの人に与えたということなのでしょう。

ここで若干補足しますが、多くの選択肢に選択により変わる展開、そして多くのEDと、『電話のベルが…』も『河原崎家の一族』も『弟切草』と同じ構造を採っています。こういうゲームが93年に増え始めた、そして前年の92年には『弟切草』があるとなると、これだけなら『弟切草』の影響か?と思われそうなものですけどね。特に『電話のベルが…』は「エロティックバカノベル」として、明確に「ノベル」ゲームであることを謳っていますし。たぶん、これはノベルゲームなんだと明示したのは、アダルトゲームでは『電話のベルが…』が最初だと思います。
しかし当時の多くの認識では、『河原崎家の一族』タイプのゲームはマルチストーリー・マルチエンディングADVって感じで認識されていたように思います。一般的な表現ではマルチストーリー・マルチエンディングADVの誕生した時期と書かれることが多いですしね。
これは何故かと考えた場合、まぁ説は分かれるのかもしれませんが、アダルトゲームの世界では名付けていないだけで小規模ながらにもマルチストーリー・マルチエンディングのノベルという構造自体は既にありましたからね。それを時代に合わせてボリュームを増してアダルトっぽさを増して多くの人が楽しめるレベルに仕上げただけであり、つまりは『弟切草』がなくとも必然的に辿りついた方向なのです。だから今更『弟切草』云々を持ち出すまでもないってところなのでしょう。『弟切草』の影響を受けたのではなく、影響云々をあえて言うのなら、むしろ『弟切草』の方こそPCゲーの影響を受けたんだろって話です。

補足その2としては、上述の「エロティックバカノベル」のように、明確にノベルゲームと題したゲームは既にあるんですね。画面に広くテキストを表示させる手法も既に何度も出てきていますし。両社を掛け合わせたものにしても、95年には登場します(まぁ、そもそも最初にノベルとして発売されたものは7行ほどの表示ですので、画面全体を覆う必要性は全くないのですけれど。今だって紙芝居だのノベルだのと言われているゲームの大半は3行表示ですし)。
つまり再三繰り返していますように、リーフのビジュアルノベルからノベルが始まったわけではないのです。それを過去の作品を抹殺してビジュアルノベルがアダルトゲームでは元祖だとか確立しただとか捏造する動きが大きくなるわけで、何でも起源を主張するどこぞの国のような怖さを感じてしまいます(もちろん何も知らないで純粋にそう信じていた新規参入層も多数いるので、全てを狂っていると言うつもりはありません。しかし、分かった上で無視して自分の都合の良い方向に持っていこうとした確信的な悪意を有する輩がいたことも事実なのです)。
2chの葉鍵版は人気があるからではなく、信者の痛さが度を越したことから隔離されたものですが、隔離されたのもそれだけ常軌を逸した狂信的な部分があったからなんですよね。型月ファンとか今では特定ブランドの信者というのは疎まれやすい傾向にありますが、隔離されないのはそれでもまだましだということでもあるのでしょう。

補足その3として、ノベルと言っても思い浮かべるものに時代によってずれがありうるので、基本的なノベルの構造について少し説明しておきます。
今のノベルゲームは、主人公とプレイヤーが完全に分離され、主人公の物語を読むという読み物系が大半だと思います。PC-98時代のノベルゲームにもそういうものはあるのですがむしろ少数派で、主人公とプレイヤーが表裏一体のものとしてプレイヤーが主人公の動きを決定するものが大半でした(この表裏一体という点では『弟切草』や『かまいたちの夜』も同様です)。
つまり主人公の動きをプレイヤーが制御し行動を決定するわけで、読み物系と区別する意味合いで行動概念を伴ったノベルであるとか、本当は何かしら異なる言葉があった方が解りやすいのですけどね。まぁそんな細かい区分けなどいらないよって人も多いかと思いますし、そう思った人が昔は多かったから当時は区別もされていなかったのかもしれませんが、時代も変わればそれに伴い変化も生じうるわけでして。読み物系に慣れた人だとそれがノベルだと思い込んでいますから、表裏一体型の行動概念を伴った物をノベルと言うことに逆に違和感があるらしいのです(以前若い人に、自分の考えではそれはノベルではないと言われたことがあるもので・・・)。
しかし80年代のノベルウェアにしろ、アダルトゲームの88・98時代のノベルにしろ、チュンソフトのサウンドノベルにしろ、初期のノベルゲームは皆行動概念を伴っているのですよ。『To Heart』だってそうですしね。読み物系以外はノベルではないと言い出したら、ノベルウェアもサウンドノベル(『街』などは違いますが)もビジュアルノベルも全部ノベルでなくなってしまうとなりかねないのです。昔だとありえない発想なのですが、現にそう言い出す人も出てくる時代になったようでして。他にもポリゴン使ってないのに3DRPGを名乗るのはおかしいと、『ウィザードリィ』に対してそう言った人も出てくるご時世ですので、自分の尺度で考えたくなる人もいるのかもしれませんが、元々使われていた意味あいを後に勝手に変えるのはおかしい話ですし、選択肢を選んで読み進めるという基本構造に違いはないので、ノベルにも2種類あるのだと捉えてください。
それと、今のノベルゲームは1個1個の選択肢で大きく展開が変わるものは少なく、その蓄積により途中からヒロインごとの個別ルートに進むものが多いです。しかしPC-98時代の多くは1本の大きな設定があり、そこから主人公の行動によって物語が枝分かれしていき、その展開に応じたEDが用意されていました。詳しくはまた98年頃の項目で書くはずなのでここでは省略しますが、今のテンプレ的な構造とは少し違った構造をしていたということですね。

最後に、93年はどんな年かと言うと、端的に言えば激動の年だったのでしょう。新しさだけでなく完成度も求めると94年以降の方が優れているのかもしれませんが、新しさや変化や進化という点では、最も大きく動いた年のように思います。基本的に近年のアダルトゲームのユーザー層がかなり保守的であるのに対し、PC-98時代のユーザー層には変化を好む傾向がありました。93年はそんな変化を象徴する年だったのです。

関連するタグ 


捻くれモノの学園青春物語   イブニクル2    きゃんきゃんバニープルミエール3
カテゴリ「エロゲの歴史」内の前後の記事





管理者にだけ表示を許可する

トラックバック http://advgamer.blog.fc2.com/tb.php/905-8155018e
| ホームへ戻る |