アダルトゲームの歴史 1992年 その4

アダルトゲームの歴史 1992年 その4

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第19弾ということで、
1992年の4回目になります。

今回は絶対に外せないにもかかわらず触れてこなかった『同級生』についてです。

後回しにした理由は2点あります。1つは『同級生』が12月17日という年末の発売であることから、『同級生』を中心に語ってしまうと、92年の状況っていうものがかえって分からなくなってしまうおそれが大きいことにあります。
もう1つは、私はゲームの歴史を振り返る際に1つ1つの作品を深く掘り下げて数個の作品を比較する手法は適していないと思っています。特に近年のノベルゲームはより顕著に当てはまり、何かに特化したり要素の偏った作品が多いだけに、1つの作品で何々の時代みたいな感じでその年のゲーム状況を掴むことは絶対に不可能なのです。だから代表作を掘り下げてみたいな手法は用いてきませんでした。しかし当然例外もありえるわけで、特にこの『同級生』に関してはその必要性があると感じたことから、単独で扱ってみることにしたというわけです。

まず『同級生』とはどういうゲームなのかですが、簡単に説明すると街の中を動き回り、いろんな人と会話したり、女の子を口説いたりするゲームとなります。しかし細かく分析すると、そこに含まれるシステムの要素は多岐に渡ります。そのためにゲームジャンルが何であるかはややこしい部分があるのですが、以下検討していきます。
1)まず、『同級生』では街全体が表示されており、その中をプレイヤーが直接移動させることになります。感覚的にはRPGで街の中を移動させているようなものであり、この側面からはRPGっぽくあります。説明に便利ということで、私もRPGのようにフィールドを移動させるゲームだよという表現を用いることが多々あります。
しかしだからと言って、RPGにはなりません。RPGの本質は敵と戦って経験値やアイテムを得ながらキャラを育てていくことにあるからです。今ではオープンワールド系として広いフィールドを動き回るゲームが幅広く認知されるようになりましたが、オープンワールドは行動の範囲の傾向を示すものにすぎず、単一のゲームジャンルと論理必然的に結びつくものではありません。RPG、FPS、アクション、レース、ADVと何にでも利用できますからね。従来のADV的視点に立った場合も、『キングスクエスト』(1985)を筆頭に海外では直接キャラを動かすのがADVの基本となっています。国内のADVに限定してみても、『ヤンパラアドベンチャー ヒランヤの謎』であるとか、『消えたプリンセス』などがあります。更にアダルトゲームに絞ってみても、『恋の長野慕情』で一部用いられていたり、同じ92年でも『スウィートエンジェル』で使用されているなど、幾つか例があります。従って、この部分からゲームジャンルを特定することはできません。
2)『同級生』では主人公が何か行動を起こすと、時間が経過します。期間は夏休みであり、8月31日が過ぎることでゲームは強制的に終わりを迎えます。各キャラは特定の時間に特定の場所にいることから、意図したヒロインに会うためには、スケジュールを管理する必要がありました。この時間を管理するというのは数値を管理すると捉えることができ、SLGに近いとも言えます。『同級生』をADVと言い切れない人っていうのは、1つは従来のADVに完全に一致するものを見つけられなかったこともあるでしょうが、もう1つにはこの時間の概念がSLGっぽいということが挙げられるのでしょう。
この点に関しては『シムズ』のような自由度重視のSLGというのが当時は未発達だったことから分かりにくかった部分もあるのでしょうが、『同級生』はあらかじめ用意されたイベントをプレイヤーが任意に見に行くことができるゲームであり、今で言う『シムズ』のようなオープンワールド系のSLGとは設計思想が全然違います。『同級生』が他のADVと異なるのは、イベントを見る見ないの自由を与えられたこととプレイ期間に制限が加えられたことであり、キャラと会って話をするというADVの本質部分では一緒なのです。
ADVの歴史からこれを見ていきますと、コマンド選択式の登場により最悪の場合は総当りでもゲームをクリアできてしまうという状況が生じました。そこで攻略の楽しさを維持させる観点から、総当りを防止するために各種の制約を課すようになりました。1つは点数制で、正しい行動をする度に点数が増え(或いは持ち点から減り)、ある時点で一定点数を満たしていなければ先に進めないというものがあります。他にはアイテムの使える数を定め、制限を設けようとするものがあります。ここから派生してもっと行動全般に制限を加えようとする発想も生まれ、行動すれば時間が経過する。一定時間内に条件を満たさなければクリアできないというゲームが生まれてきます。例えば『アグニの石』(1988)や『殺意の階層』(1988)がそうですね。『インヴィテーション』(1989)も同様で、ここでは単に時間が経過するだけでなく、キャラは特定の時間にしか特定の場所にいないことから、時間を管理してその時間に会いに行かなければなりません。この時間の概念はアダルトゲームにも既にあり、『毎日がえっち』(1990)でも主人公の行動により時間が経過しますし、キャラは特定の時間にしか登場しません。
つまり、主人公が行動すると時間が経過することから時間を管理する必要があるゲームで、かつ移動して人と会話することが主目的であるゲームは既に幾つかあり、ここが肝心ですがそれらは全てADVとして認識されてきているのです。『同級生』もこの中に属するわけで、殊更これらと区別してSLGとする理由はないのです。むしろ同系統の作品がADVとされている以上、ADVと考えるのが素直と言えるのではないでしょうか。
3)このゲームで一番プレイヤーが時間を費やすことは何かというと、ヒロインと会話したりあちこちクリックしたりする部分になります。これは画面をマウスでクリックするP&C式のADVの手法が用いられており、つまり『同級生』のゲームジャンルを簡単に表現するなら「時間概念を伴ったP&C式ADV」となるのです。
従って過去のゲームと照らし合わせた場合、私にはこのゲームはADVにしか見えません。しかしいろんな要素を含み全く同一の形式が過去のゲームにないことから、こういうゲームだと先入観や誤解を持たれることを排除しようとしたからか、或いは表記する人に判断するだけの情報が欠けているからか、理由は断定できませんがノージャンルとかETCと表現されることはあったようです。

ただ後に、若干ややこしい事情も絡んできまして。1994年に『ときめきメモリアル』が発売されたのですが、ときメモは恋愛も扱った育成SLGということで恋愛SLGと略されるようになりました。ホラーを扱ったアクションADVの『バイオハザード』をホラーADVって略すようなものですね。
このとき、『ときめきメモリアル』はSLGとしてのゲーム部分は育成SLGの『卒業』をベースにしたとされているのですが、キャラの立て方など恋愛要素も含まれるゲームシステム以外の内容的な部分に関しては『同級生』を参考にしたとされています。
そして更に面倒なことに、当時はジャンルを字面から勝手に解釈し始める人が増え始めていたんですね。例えばRPGも元はTRPGの戦闘・育成部分をコンピューターゲーム化したものであり、戦って育て上げるのがRPGだという共通認識が80年代にはありました。第一人者である堀井氏も攻略本でそう語っていますしね。しかし時が経ち、90年代になりストーリー重視の傾向が生まれ戦闘・育成部分の各ゲーム間の差異や重要性が減少した事も相まって、RPGを字面から判断し「役割を演じるゲーム」だと言い出す人が生まれました。そうなると「役割を演じるゲーム」って何よってことになり、人それぞれ自分に都合の良いようにこれが俺にとっての役割の演じるゲームだって語りだす人が増えたわけですね。
同様のことはノベルゲームにも起こりますが、とりあえず本題に戻すとして、ここで恋愛SLGとは「恋愛をシミュレートするゲーム」だと言い出す人が生まれたのです。じゃあ「恋愛をシミュレートする」って何よ?となるわけですが、各自が自分の好きなゲームを元にそれぞれの「恋愛をシミュレートする」論を語りだすわけです。「シミュレートする」なんてのは非常に曖昧で人それぞれ如何様にも解釈できる言葉なものですから、次第に恋愛を扱っていてそれっぽいゲーム性がついていれば、とりあえず恋愛SLGに全部含まれるような風潮が生まれたわけです。
この2つの事情、恋愛を扱っているゲームっぽいのを恋愛SLGにしてしまうことと、恋愛SLGのときメモが同級生を参考にしていること(このとき、何を参考にしたかは忘れ去られている)が合わさって、遡って同級生まで恋愛SLGだと言い出す人が出てきたわけです。でも、両方をプレイすれば同級生とときメモがゲームとして同じ方向性と言えるわけがないことが一目瞭然だと思うのですけどね。

以上から『同級生』はADVとなるわけですが、本来ならADVだってETCだって大差ないはずなのです。ADVとこだわったのは、そこから先の話が続くからなんですね。『同級生』を構成する要素はシステムだけではありません。当然ストーリーだってグラフィックだってサウンドだって大きな要素を占めます。
ここでそれらを1つずつ見ていきましょう。まず1)移動式であること、2)時間の概念があること、3)P&C式ADVがベースにあることについては、過去にそれらを用いたADVがあることは上記の通りです。

他にも、4)内容面として『TOKYOナンパストリート』や『きゃんきゃんバニー』のような80年代後半に流行ったナンパゲー路線がストーリーの基礎に置かれています。
初期のナンパゲームは外見の違いしかないようなものでしたが、次第にキャラとしての性格が設定されるようになりました。ここまではナンパによりキャラを攻略するという「結果」だけでしたが、その後のきゃんバニシリーズなどで出会うまでの話も少しずつ描かれるようになり、「過程」にも着目するようになりました。『同級生』もこの出会いの過程を重視する作品であり、これまでの傾向を更に推し進めた内容となっています。

5)そのナンパゲーの延長上として、女性との触れ合いを描く過程で必然的に生じた数ある要素の1つとして、恋愛要素も含まれてきます。
ここはナンパゲーの歴史的視点からは恋愛が「強化された」となるのですが、若干の注意点があります。1つは『天使たちの午後2番外編』や『卒業写真/美姫』のように以前から恋愛ゲームは発売されており、決して元祖ではないことです。また蛭田氏自身が言うように、『同級生』はイベントの集合体であり、起承転結を伴うメッセージ性を持ったストーリーというものは存在しません。上記の2作は恋愛のあるテーマに従い最初から最後までストーリーが構成されており、「恋愛ストーリー」という側面に限れば上記2作品の方がしっかり描かれています。従って、過去の作品は稚拙だから『同級生』が実質的元祖みたいな論調もありえません。
更に、推理ゲームが事件の解決をもって終了するように、通常は目的の成就や完結をもって物語は終了します。『同級生』は恋愛の成就をもって終了するのではなく、与えられた期間の満了をもって終了するのであり、構造的にも恋愛を目的として制作されていません。むしろその期間を如何に楽しむかを主目的と考えるべきでしょう。
6)他方で、EDで三角木馬があったりSM染みた行為があったりと、当時としてはマニアックな表現も含まれており、中々エロ要素も濃かったです。
つまり変態抜きゲー路線の流れも汲みつつ、当時としては更にその先を推し進めたと言えるでしょう。
因みに、この辺はWIN版等ではカットされています。代わりに恋愛イベントを強化しているわけですから、ゲームの方向性も変更されたとしてオリジナルファンにうけが悪いのです。
7)またヒロインは80年代半ばに流行ったロリ路線からその後の美少女ゲー時代に対応した様々なタイプの女の子が存在しています。
その一方で、同級生というタイトルにかかわらず、結構年上や熟女キャラが多かったりします。私の記憶する範囲では、ここまで熟女をヒロインとしてきちんと描いて扱った作品はこれまでになかったように思います。ロリや美少女目当てで購入して、いざやったら熟女属性がついたという人も結構いたと思いますし。ロリや美少女路線にとどまらず、更にその先も開拓しています。
8)グラフィックは『卒業』でも人気だった竹井氏を原画に採用。
グラフィックでは更に目パチを導入し、加えてエルフのADVに特有の背景の細かい部分が動くところも継承。
SLGであった『卒業』が『同級生』でADVになり、そこにエルフの演出が加わることで質・量ともに向上しています。
9)ちょっと細かいですが、フェアリーテールの『リップスティックアドベンチャー』時代から続く、キャラごとにテキストの色を変更しストーリーに集中しやすい環境も整備されています。
10)そして『KISS』にあるような、ヒロインごとに用意された個別EDの概念も導入しています。

他にも探せばあるのでしょうがとりあえずこのくらいにしておいて、これらの要素は既に先駆者がいることから、必ずしも斬新とは言えません。しかしどの要素もそれまでのゲームと同等か或いはそれ以上の品質を備えていたわけです(疑問符がつくのは恋愛だけかも)。だからそれぞれの各要素だけを求めた人でもその要素につき満足できたわけですね。
そして全ての道はローマに通ずではないですが、80年代のADVの様々な要素が集大成的に『同級生』に導入されていたことが肝心なのです。例えば寝取られ特化ゲーであれば寝取られ好きにしか支持されませんが、多くの要素に対応しているから、各方面のファンから支持され、結果として絶大な人気につながるのです。そして仮に自分が知らなかった要素があっても、ここで触れることでその要素を含む次のゲームへと移っていくことができたのです。例えば時間の概念のあるゲームを知ったとか、恋愛ゲームの魅力に気付いたということで、過去の作品やその後発売されるそれらの要素を伴ったゲームに移っていけるということです。集大成であると共にあらゆる面で起点となりえたのが大きかったのだと思います。

また、いくら既にあるとは言っても、大量にミックスされるとそれは別の味になります。事実多くの人がこんなゲームは経験したことがないと感じたわけですからね。そしてそれらは単に混ざるのではなく、個々のシステムが絡み合うことで新しいゲーム性も引き出されます。
例えばヒロインごとに個別EDがあるというのは、今後の恋愛ADVでは大事な要素になっていきます。しかし個別ED自体は『KISS』が先に導入しています。
『同級生』は個別EDを用意する一方で複数のヒロインを同時攻略可能にし、他方であるヒロインのルートを進めると別のヒロインが攻略できなくなるという要素も取り入れています。
あちらのルートにおけるフラグの影響がこちらのルートのフラグにも影響を及ぼすということで、マルチフラグメントシステムも導入されているわけです。このマルチフラグがあったからこそ、余計にも時間の概念が攻略に影響してくるわけですしね。集大成とそのミックス効果だけでなく、プラスアルファの新しい側面も見せたから、新しいゲームでもあり未来のゲームにもつながっていくのです。

『同級生』の価値、果たした役割というのは、そういうことなのではないでしょうか。ここで蛭田氏のインタビューを引用させてもらいますと、「同級生なんかは、逆にシステム的にはそんな新しいゲームじゃないんです。マップを移動して人と会って話をする。積み木の組み合わせによって、新しい形のものを生み出していく、そんなゲームですよね。でも、新しい形を作るような、そこが新しかった。」とあります。
いろいろ考えたり書いたりしたけれど、これが全てなのではないでしょうか。そこにもう1つ加えるならば、私はこのゲームが表現したかったことは、あの夏、あの街ですごす、あの体験にこそあるのだと思います。プレイヤーが主人公になりきり、いろんな人に出会い、いろんなものを見て触る。その内容は当然プレイヤーによって変わってくるわけですが、様々なシステムはその体験を構築するのに必要なものが導入されたのであり、恋愛やエロといったストーリー部分も全部、プレイヤーが各自に積み重ねていく体験の中の1コマでしかないと思うのです。

話はまだ続くのですが、長くなったので明々後日に。

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