90年代のADVの話 その2

90年代のADVの話 その2

スペースシックワーロックはジョー・スパークスやマイク・セアンツらによって制作されました。
そのジョー・スパークスは87年から88年にかけて3Dやヴァーチャル・リアリティの仕事をしており、89年にはNASAやアップルコンピュータで仕事をしています。

ジョー・スパークスが追求していたものは3DCGによるグラフィックとサウンドの融合であり、ヴァーチャル・リアリティの構築にありました。
ヴァーチャル・リアリティ、つまりは仮想空間の構築ですが、その理念がスペースシックワーロックをはじめとした当時のインタラクティブムービーの多くに共通している一方で、今日では逆に失われていった理念でもあるのかなと思います。

今日のムービー系では途中に選択肢で分岐が少しはあるにしろ、基本的に一本のシナリオを見せようという意思が強く働いています。ムービーは強制的に動画をプレイヤーに見せるわけですから、そういう用い方が基本的ではあるのでしょう。
でもそういう用い方って、それこそ映画と変わらなくなってしまいます。動画で物語を見せたいのなら、素直に最初から映画で構わないわけですからね。
しかしそれだけでは伝えきれない物語や世界観もあるわけで、ゲームという場でヴァーチャルリアリティを作り上げることにより、映画では見せることのできないシナリオ本筋という縦軸とは異なる横の世界の広がりを何とか表現しようとしたのではないかと、そしてその可能性に賭けて多くの人が未知の世界に挑んでいったように思うのです。

スペースシックワーロックは日本のゲームではありませんが、国内でも挑んでいった人たちはいたわけで、例えば91年には画家の金子國義さんの世界を表現した『Alice』が発売されていますし、実際にCG等を手がけた庄野晴彦さんは93年に『ガジェット』を発売しています。94年には佐藤理さんの『東脳』も発売されていますし、この当時のMACのADVには国内の優秀なクリエイターが多くかかわっていたのです。
そしてこれらの作品は、優れたCGやムービーがあるだけでなく、バーチャルリアリティの構築にも積極的に挑んでいたわけで、シナリオ云々というのではなく、まず独自の世界観の構築こそが最も重視されていたように思います。

関係ないかもしれませんが、こういう部分は80年代や90年代半ばまでのオタク系の発想にも通じるものがあるかもしれませんね。
まぁ誤解を招きかねないので先に書いておきますが、今のADVはほとんどがアダルトゲームやそこからの派生みたいなものですし、そしてそのユーザーはいわゆる2次元系のオタクばかりになります。
アダルトゲームからして、WIN95より前は対象ユーザーがオタクではなく、アニメオタクとかと一線を画していたりもするのですが、これが一般PC系のADVとなると、更に2次元のオタク層と異なってきます。つまりADVのファンというのも、構成する層が今と昔で全然違うわけですね。だからオタクの論理や発想で昔を振り返るのは非常に危険なことなのです。実際、オタク的思考で昔のエロゲーを振り返ろうとして、頓珍漢な記事を目にすることも多々ありますからね。

だから今書くこともかなり強引なこじつけともなるのかもしれませんが、あえて書いてみますと、当時のガンダムオタクとかは宇宙世紀の年表を覚えている人がいたり、単にアムロという主人公の物語だけでなく、同じ頃他の地域はどうなっていたか等、その背景世界の充実を目指していたように思います。エヴァ以降はセカイ系が流行ったりもしましたが、これらは主人公の認識や主人公の物語を大事にするものであり、ファンの間でもあまり背景や社会に興味を示さないように変化していきました。それこそセカイ系なんて社会の存在を無視した構造ですからね。90年代後半のオタクとそれ以前のオタクとは、根本的に思考の方向性が異なるということなのでしょう。
ADV市場においても、90年代半ばまでのインタラクティブムービーがシナリオそのものよりも世界観の構築や横の広がりを追求していったのに対して、今日のムービー系は主人公の物語というシナリオの追求にベクトルがるわけで、そこが決定的に違うように思うのです。

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