アダルトゲームの歴史 1989年 その1

アダルトゲームの歴史 1989年 その1

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第9弾ということで、今回は1989年の1回目になる。

1989年に発売されたアダルトゲームは70本を超え、未確認ではあるものの、おそらく80本に到達するとのこと。したがって、数の上では前年から横ばいといったところになる。

<はじめに>


まず軽いおさらいから入ると、1988年はRPGの数が増えジャンルとして定着し、ノベルゲームのマルチストーリー性も増してゲーム性が向上した年であった。
ストーリーに関しては、1987年に生まれた、単にCGを見るだけでなくストーリーも楽しもうって発想に加え、より美少女ゲームらしく内面を伴った実質的なヒロインという概念が生まれた年でもあった。

<ADVのゲームデザインの変化>


さて、それを受けての89年なのだが、まずはゲームデザイン・システムについてからみていく。

上記のように年間の発売タイトル数は前年とほとんど変わらないのだけれど、単純なCG集系作品の数が減り、その分だけADVが増えた。そのため、表面的な数は横ばいであっても、実質的なゲーム数は増えたと感じられるように思う。
また、88年からRPGが増えていってはいるものの、それ以上にADVが増えたことから、発売タイトルの内の半数以上がADVになり、前年よりやや比率が増している。
そして、そのADV内では、コマンド選択式ADVの数が増えている。

ところで、コマンド選択式は、事前に用意されたコマンドの中から選ぶのが基本であることから、コマンド入力式と比べて微妙なニュアンスが伝えにくい場合がある。
たとえ同じコマンドであっても、こちらは喜んでいるのに表示されるテキストでは悲しんでいることを前提としているなど、細かな感情面で問題が生じやすかったのである。そこで、この部分にメスを入れてきたのが、『第4のユニット3』(データウエスト)である。
具体的には、『第4のユニット3』には「喜怒哀楽」という感情の要素があり、同じ文面の選択肢でも、そのセリフをどういう気持ちで言うのかを選ぶことができたのである。そして、その喜怒哀楽の選択に応じて、相手から返ってくるテキストにも違いが生じたのである。
因みに、このシステムを改良・発展したのが後の『ノスタルジア1907』(1991)、『東京魔人學園剣風帖』(1998)、及び『ガンパレードマーチ』(2000)だったりする。
このシステムの登場により、コマンド選択式ADVの難点でもあった細かな感情の表現も可能になったし、喜怒哀楽による異なるテキストを楽しむという目的が生まれたことから、何度も楽しめるようになり、1回だけしか楽しめないという問題にもある程度対処できるようになった。

かように若干の工夫を加えるケースも存在したが、全体としてはレアケースであり、むしろシステムに凝ったりゲーム性を増そうという発想は少なくなっていく。つまり、時代の流れとしては、システムの簡略化の方向に進みだしていたのである。
即ち、この時期のADVの大半は普通のコマンド選択式のADVだったのだけれど、見た目はコマンド選択式登場時と変わらなくても、初期の頃のコマンド選択式とは微妙に傾向が変わってきているということである。
もっとも、アダルトゲームの場合は家庭用ゲーム機のゲームほど露骨に変化してきていないので、当てはまるかちょっと微妙な部分もあるが・・・

具体的にいうと、初期のコマンド選択式は入力式の入力の煩わしさを解消したものであり、基本的な楽しみ方はコマンド入力式時代と一緒だったのである。つまり、その場では不要なフェイクのコマンドがあり、総当りするにも大変なゲームが多かったのだ。それでも、選択するごとにセリフが変わるなど工夫を凝らしたり、ユーザーの側でもその難易度こそがゲーム性と受けとられていたこともあって、支持されていた。
しかし作り手が同じだと返答内容のバリエーションに限界も生じるし、新鮮さを保ったゲーム作りが難しくなっていく。加えてユーザーの側でもたくさんADVをやっているとコマンド選択の繰り返しが次第に煩わしく感じるようになっていく。
そこで、その場で不要なコマンドは表示させなかったり、1つのコマンドに対し一回で用が足せるようにすることで、同じコマンドの繰り返しを防ぐという対策が講じられていくゲームが増え始める。つまり一本道系のノベルゲームに近付いていったのだ。
これにより更に快適にプレイできるようになったのだけれど、つまることなくポンポンとストーリーが進んでしまうことから、同じストーリーの分量であっても、クリア時間が大幅に短縮されてしまった。家庭用ゲーム機のADVは、こうしてプレイ時間的な意味でのボリュームが大幅に減ってしまい、例えば『西村京太郎トラベルミステリー ブルートレイン殺人事件』のように2時間ドラマを見るのと似たような時間でフルコンプできるゲームも登場することになる。おそらく、家庭用ゲーム機におけるADVの、プレイ時間的な意味合いでのボリュームは、このころが最小だったのではないだろうか。
私なんかは、今では量より質を求めるが、家庭用ゲーム機の場合にはプレイヤーに子供が多く、一本のゲームを長く楽しもうという傾向が強い。それ故に、ボリュームの極端に少ないゲームはそれだけで支持を失いやすく、ゲーム機のADVが廃れていった最大の要因はこういう部分にあったように思う。

もっともアダルトゲームの場合は、こういう変化は家庭用ゲーム機ほど劇的には見られないのだけれど、それでも若干はこういう傾向が見られた上に、もともと一般ゲームよりボリュームが少なめなものが多いこともあって、やっぱり全体ではボリューム的に満足できないケースもあった。
例えば当時のクソゲーの代表としても有名な『はっちゃけあやよさん』は、カップラーメンの時間を待っている間にコンプしてしまうくらいボリュームがなかったものである。

ただし、誤解を招かないように補足しておくと、ここで言うクソゲーの表現には愛着を込めてあえてこう表現する場合も多い。
他にもボリュームが少ないゲームがある中で、何故あやよさんが有名なのか。そもそも『あやよさん』は最高レベルのグラフィックに可愛いキャラがあることで、おかずゲーとしては優秀だったのである。しかもシリーズが進むごとにどんどん設定が文字通りはっちゃけていくわけで、その奇抜さに惹かれファンになる人も多かったのだ。内容には良いところも多いのに、ボリュームだけが致命的に少ないということで、なおさら話題に残りやすかったということなのである。

<オムニバスADVの誕生>


このような体感的なボリューム不足という状況に対応するための方法として、幾つか考えることができる。最もポピュラーなのはストーリーの分量を増やしたり、ゲーム性を増すことになるだろうか。
しかしこの2つと異なる発想も当然ありえるわけで、具体的には1本のシナリオが短いのならば、数本のストーリーを纏めて1つにして販売してしまおうという方法である。
これが、いわゆるオムニバスADVってやつであり、89年には『ドリームプロジェクトシステム(DPS)』(アリスソフト)や『おとめパーティー』(テクノポリスソフト)などがある。

このオムニバスADVは、従来のADVでは難しかった短編のストーリーも実現できますし、数本ある中の1つくらい外れても大丈夫だろうということもあるからか、実験的な内容も加えることができた。
また『おとめパーティー』の中の1つのシナリオでは、プレイヤーが猫になってご主人様を探す冒険の旅に出るというものもあり、こうしたオマケ的な遊び心も混ぜやすかったといえる。

オムニバス系ADVは、その後も結構流行っていき、PC-98時代には一杯あったのだけれど、今日は形の上ではほぼ絶滅状態にある。
しかし今日のノベルゲームは、一本のストーリーから展開により枝分かれしていくというのではなく、ヒロインごとに独立した個別のストーリーが用意されているものが大半である。そしてどの個別ルートに入るかを決定するために、共通ルートが用意されていると。
したがって、共通ルートを除いて最初から個別ルートを選ばせてしまえば、そして実際に低価格商品の中には無駄な共通ルートを省いてしまえという発想のゲームも出てきているのだが、そうなるとオムニバス系とほとんど変わりがないのである。
よって、オムニバスと表記されるADVこそ表面的には減っているが、その方向性や理念という意味では、コマンド選択式からノベルゲームへと、そして長い共通ルートがつくようになるなど形を変えながらも脈々と生きているのだなと、近年のノベルゲームをやるたびに思えてくるのである。

<ノベルゲーム>


次に同じADVでも、今度はノベルゲームについてである。
88年の段階で、数は少ないながらも一応マルチストーリー・マルチエンドの形は整ってきていたのだけれど、89年にも更に変化が見られる。
まぁ、たぶん多くのユーザーはいわゆる正当進化系を望んだんだろうとは思うのだけれど・・・
というのも、後のサウンドノベルや河原崎系作品の流行を見るに、サクサク次の展開に進むノベル系こそ、分岐による展開の幅やメイン部分のある程度の分量が要求されるのだろう。ボリュームの少ないゲームは、内容の濃さ関係なしに、短いとの理由だけでクソゲー扱いされることも多々あるからである。
しかしながら、資金力の乏しいアダルトゲーム業界ではボリューム増を目指すのではなく、小粒でもピリリと辛いアイデア勝負に傾くことが多かったように思う。『ぴんきぃ・ぽんきぃ』(エルフ)では選択に応じて持ち点が減点され、一定のポイントをクリアしていないと先に進めないようになっていた。

ここで若干補足になるけれど、そして以前にも書いたことでもあるけれど、数字が表示されるからADVでないというのは適切ではない。
コマンド選択式では最悪の場合総当りしてしまえばクリアできるという問題があったことから、ゲーム性を高めようとする路線では各種制限を設けることで総当りを防ごうとしたものである。その具体例が回数制限であったり、加点方式による一定点数のクリアが条件などが挙げられるが、『ぴんきぃ・ぽんきぃ』の減点方式も一つの方法と言える。
そうした各種制限を内部パラメーターとして隠すケースもあるのだけれど、逆に隠さずにヒントの意味や進行度の目安として表示される場合もある。この場合にはSLGのような数値管理を目的としたゲームではないことから、数字が表示されていても、ヒント機能付きのADVと考えるのが相応しいといえる。

<元祖育成ゲーム>


もう1つADVのややこしい側面として、ノベルゲームには選択肢1つで展開が変わる場合と、複数の選択肢の積み重ねが好感度のような形で累積し、その合計値で誰かのルートに入ったり展開が変わる場合がある。
余談だが、コマンド入力式やコマンド選択式も、コマンドを必要な数だけ選ばないと先に進めないことから、ある意味後者の積み重ねタイプに属すると言えるのでかもしれない。
この積み重ねるという発想が、積み重ねの要求される「育成」ゲームという発想につながっても何ら不思議ではない。そこで生まれたのが、育成ADVの『プリンセスはストリートガール?』である。

これは、文字通り女の子をプリンセスとして躾けるゲームになる。それをノベルゲームの形式で実現したわけだ。
一般的な見解を示すならば、育成SLGの『プリンセスメーカー』が元祖として非常に有名で、それをアダルトゲーム的に無理やり自分好みに育てる調教SLGが誕生した。しかしSLGとしての数値管理にユーザーの関心がなくなっていったことから、数値管理を次第に簡略化していき、やがて進行度の目安としての機能しかなくなったり、或いはもっと端的に数値を廃してテキストで調教の変化を楽しませる調教ADVが増えていくことになる。

ゲーム機の育成ゲームにしても、それこそ有名な『ときめきメモリアル』は主人公の数値管理をメインとした育成SLGがベースだったので、それで恋愛SLGなどとも呼ばれたのだけれど、次第に数値管理の概念は失われていき、選択肢一つで展開が変わるADVへと主流が移っていくことになる。

したがって、大きな流れ、流行という点ではSLGからADVへ変化していったというのが事実としてあるわけなのだが、そもそものジャンルの誕生としては、実は育成ADVが先だったりするのだ。
まぁ、そんなこと書いてたら面倒臭いからか、大抵の場合は、この手の記事では存在自体を黙殺されてしまうのだけれど。

<その他、ゲームデザイン>


ADVのシステム面は大体そんなところだろうか。
88年に増え始め、実質的な元年となったRPGに関しては、翌89年も5本以上発売されている。
ここはストーリーの項目とも少し被ってしまうのだけれど、RPGと言えばFTやSFモノって印象が強く、その割合は昔になればなるほど高い。
そもそも、一般系作品では80年代にはFTとSFしかないだろう。そう考えると、学園を舞台にした『エンジェル・ハーツ』(エルフ)や、企業が集まったEXPO会場を舞台にした『アリスたちの午後1・2』(システムハウスOH!)は、アダルトゲームならではの独自性が強かったと言えるのではなかろうか。

他には『ドキドキシャッターチャンス』をはじめとして、アクション系が5本も発売されており、躍進が目立つ。
これまでにも簡単なアクションゲームは発売されていたし、アクション性を要するパズルゲームなんかは多数あったのだけれど、そのパズル系が本格的なアクションゲームになっていったというところなのだろう。

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