寝取られ(NTR)というジャンルについて

寝取られ(NTR)というジャンルについて

寝取られ(NTR)というジャンルについて、
今自分が思っていることを、
他であまり書く機会がないので、ここで書いておきます。

<NTR>


私は、普段ゲームをやる時、インパクトや衝撃を重視します。
もちろん、古典や王道を否定するつもりはありません。
王道路線や定番ジャンルを上手く作るって、
既に比較対象が一杯あるわけですから、
かなり難しいものだと思いますし。
ただ、その上手いというのが、本当に上手いのか、
単にライターの文体が自分に合っただけなのか、
その判断が難しい場合はあります。
また、仮に本当に上手いのであっても、
既に自分が知っている面白さを、更に上回っただけであり、
未知の面白さを知るとか、新鮮な経験を得るとか、
そういうことにはつながりません。
もともと私がゲームにはまっていったのは、
小説や映画では味わえない面白さを求めたからですしね。
(だから、シナリオだけが良い作品とかって、
それなら小説でも味わえるよねってことで、
意外と評価が伸びない場合があります。)

さて、今のノベルゲームと異なり、
昔のノベルゲームやADVになればなるほど、
主人公とプレイヤーはイコールに近い関係でした。
その中で、突然ヒロインが他人に奪われてしまうというのは、
とても衝撃的であり、寝込みたくなるほどショックを受けました。
良い作品で、作品にのめり込めばのめり込むほど、
寝取られのインパクトは大きかったです。

小説や映画は、最初から私は傍観者です。
決して登場人物ではありません。
小説や映画にも寝取られというジャンルはありますが、
私は傍観者なのですから、
作中の女性が主人公以外とくっついただけのことであり、
それ以上の衝撃は受けません。
自分が主人公となり、自分のことを好きなはずのヒロインが、
他の野郎にやられてしまうからこそ、衝撃を受けるのです。
この手のジャンルに初めて出会ったとき、
当然ながらふざけんなと思いました。
しかし、妙な興奮を覚えている自分に気が付き、
ゲームでしか味わえない経験であることから、
私はアダルトゲームにおいて、寝取られ(NTR)が、
好きなジャンルになっていきました。

しかし、時代と共に、ゲームもかわっていきました。
主人公とプレイヤーの関係が近かったADVと異なり、
ノベルが主流になるにつれ、主人公とプレイヤーは、
次第に切り離されていくことになりました。
この点の是非を問うつもりはありません。
私は主人公とプレイヤーが≒の関係にある作品の方が、
好きな傾向はありますけどね。
でも、完全に切り離された作品でも高く評価した作品は一杯あるし、
そういうジャンルとして別物として考えています。
ただ、切り離されたノベルにおけるNTR作品では、
≒時代のNTR作品よりも、受ける衝撃が減ってしまいます。
私がNTR作品を好きになった最大の理由である、
ゲームだから味わえた体験というのが、なくなってしまうのです。

次に、寝取られは、信じていた女性に裏切られた方が、
その衝撃は大きくなります。
今風に言えば、不意打ち寝取られとなるのでしょうか。
NTR作品を心底楽しむには、不意打ちであることが必要なのです。
しかし、ゼロ年代前半になり、PCが安くなって購入しやすくなり、
エロゲへの参入がしやすくなったからか、
純愛厨みたいな輩が増え始めました。
そのため、不意打ち寝取られを入れようものなら、
メーカー自体が叩かれ損害を被るようになりました。
いや、もしかしたら、昔からそういう人はいたのかもしれませんが、
ネットが普及しだしたことにより、一部の変なユーザーの暴走が、
一気に拡散されやすくなっただけかもしれません。
いずれにしても、この頃から、エロゲにおいては、
不意打ち寝取られを入れた作品が作れなくなっていきました。

少し余談になりますが、エロゲというのは、
これまでは一番表現を自由にすることができた舞台だったはずです。
PC98時代までは、作中にエロシーンさえあれば、
あとは何をしても構わないくらいの自由さがありました。
私は、そうした自由さが好きだったのです。
しかしエロゲ業界は、こうしなければだめとか、
ああしなければためとか、どんどん自由さがなくなっています。
その点については、昔は何が売れるか分からなかったけれど、
今は何が売れるか分かるようになり洗練されていったと、
そういう風に言う人もいるんですよね。
私には余計な制約にしか見えないのですが、物は言いようですね。。

話を戻して、主人公とプレイヤーが切り離され、
プレイヤーは傍観者となり、
その上に不意打ちまで禁じられたわけです。
そうなってくると、寝取られ(NTR)作品というのは、
主人公がいます、その恋人ないし妻がいます、
でもその恋人ないし妻は他の野郎に抱かれてしまいますというのを、
ただ読まされるだけとなります。
つまり作品の大枠はほとんど同じになってきます。
ここで最初に書いたことに戻りますが、
大枠は同じでも、上手下手は当然あります。
だから読んでいて面白い作品もあれば、つまらない作品もあります。
ただ、面白い作品であったとしても、
今のNTR作品って、予定されているレールがあって、
或いはそれはプレイヤーの理想像の場合もありますが、
そのレールをきちんとなぞっているかの確認作業をしているだけのようで、
そこに意外性だの衝撃なんてものはありません。

つまり、私が当初NTR作品を好きになった理由は、
今のNTR作品にはまったく存在しないのです。
当初一番衝撃や意外性に満ちていたこのジャンルは、
今はある意味一番衝撃や意外性に欠けたジャンルになっています。
ジャンル:NTRと書かれただけで興味の対象から外れる、
そういう時代になってきていることが、個人的には寂しく感じます。

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こんにちは

個人的にはNTRの意外性がなくなったのは
ジャンルのカテゴライズが進化してしまったのも
逆風になっていると思います。
自分の嗜好に合ったものを探しやすくなった反面、
ある程度の予測ができるようになってしまったのが、特にNTRと相性が悪いのかなと。

ゲームの話ではないのですが、NTR作品の構造を分析した方の意見によれば
例えば、間男がプレイヤーの彼女を調教して寝取る話があるとして
NTRの為の調教ではなく、調教の為にNTRを演出として使う構造が多かったとのことです。
つまりNTRが目的ではなく、
手段になっている作品の方が多いとのことでした。
これを私は今現在一般的にNTRと呼ばれるジャンルが
実は本質的には他のジャンルに分類されるものが多く、
寝取り・寝取られの暗い魅力を表現する作り手が
そもそも少ないのだと解釈しています。
ただ、ゲームだと表現や尺の違い等もあるので、
これには当てはまらないかもしれません。

後は不意打ちについても思う所がありまして、
やっぱり何回かくらったら耐性というか警戒しちゃうと思うんですよね・・・
例えば、有名どころとして『まどかマギカ』なんかも不意打ちを仕掛けてきましたが、
脚本家の作風を知っていた人は多少なりとも警戒してしまったのではないでしょうか。
個人的には不意打ちは一つの作風や演出において一回性のものであり、
NTRが既定路線で進化する限り再現はできないのかなと思っています。
とはいえ、声の大きい意見のせいで
その試み自体ができないのは何とも言えない気持ちになりますね。

まあ私はにわかなので今時のNTRも楽しめちゃうんですが。

逆に言うとNTRって書いてないものは対象外になるんですよね。
それはもう何も起こらないと言っているのだから。
必然的にNTRって書いてあるもの(つまりネタバレ済のもの)の中から選ばないといけないというジレンマ。

>kerukeruさん

NTRは、その性質上、カテゴライズと相性が悪いでしょうね。
カテゴライズされた時点で、魅力の何割かが失われてしまうようで。
ミステリーにおける叙述トリックなんかもそうですが、ジャンル名をいうだけで魅力が削がれてしまいます。

エロゲに関していうならば、そもそもカテゴライズできてしまうことが問題のようにも思います。
2002年以降のエロゲ、特にエロ重視の作品については、属性特化の作品ばかりになっていき、それがプラスに働くジャンルもあるのでしょうが、NTRについてはマイナスに感じてしまいます。
個人的には、恋愛とか関係ないミステリー・サスペンス系の作品で、ストーリーの途中で仲良くなっていったキャラが・・・というので良いのですけどね。某所のスレ名を思い出しましたが、NTRゲームと、「彼女または片想いの娘が犯られてしまうゲーム」とは似て非なるものではないかと今更ながらに思っていますし、私が求めているのは、「彼女または片想いの娘が犯られてしまうゲーム」の方なのだろうなと思います。

> NTR作品の構造を分析した方の意見

これがいつの時期の作品を分析したのかが気になります。
エロゲにおいても、2009年からの陵辱規制により、純粋な陵辱系の作品が激減してしまいました。
とは言っても、単純に数が減ったのではなく、規制に引っかからないように、見せかけでも合意の形をとるため、催眠やNTR等の合意があるっぽい要素を入れることで、規制から免れるようにした印象です。

> 例えば、間男がプレイヤーの彼女を調教して寝取る話があるとして
> NTRの為の調教ではなく、調教の為にNTRを演出として使う構造が多かったとのことです。

まさに、これですよね。
調教ゲーは昔から一杯あったけれど、無理やりやってからの調教だとひっかかるから、最初の入り口をNTRにかえると。でも製作者の本当に作りたいのは調教ゲーだから、NTRの良いところを表現することができないし、そもそもする気もない。それでは良いNTRになるはずがありません。

> これを私は今現在一般的にNTRと呼ばれるジャンルが
> 実は本質的には他のジャンルに分類されるものが多く、
> 寝取り・寝取られの暗い魅力を表現する作り手が
> そもそも少ないのだと解釈しています。

私も、ご指摘の解釈には全て同意です。
エロゲの変遷や歴史を知らない人の中には、NTRの多様化が進んだなんて言っている人もいましたが、逆だと思っています。
本来は他ジャンルだったものが、規制されないように、NTRというオブラートで包んで、パッと見、NTRっぽくしただけで、本気でNTRの魅力を表現しようとしている製作者は非常に少ないと思います。



>通りすがりさん

現状はそうならざるをえないのが問題だと思っています。
怒り狂う一部のユーザーがいるから仕方ないのかもしれませんが、製作者の表現の幅は確実に狭められていると思いますね。

お返事ありがとうございます。

> いつの時期の作品を分析したのか
見返してみたら2010年でした。
この方は作品作りの為の研究ということだったので、
00~10年辺りの小説・漫画が対象なのだと思います。
ちなみにエロゲはほとんどやってないらしいです。

>NTRゲームと、「彼女または片想いの娘が犯られてしまうゲーム」とは似て非なるものではないか
(多分)お考え理解できます。
NTRの魅力は喪失感・敗北感・あるいは嫉妬のような感情で構成されているように思われます。
姉・母・友人・アイドル・・・等の
本来NTRではない対象だったり、間男と彼女の肉体関係の描写がなかったとしても、
NTRのエッセンスは表現できる為、大きな枠組みではこれらもNTRとなり得るのでしょう。
ただ、これはそれらをNTR以上に的確に表す語句が発明されていないというだけなので、
もしこの辺りが腑に落ちないというのであれば、それはもっともだと思います。

これ以上語っても長くなっちゃいますのでこの辺で。
また折を見てコメントします!

PIAS ~引き裂かれた性春~ (バーディーソフト) (1990-08-10)

↑コレが一番最初に出たNTR?もどきですね。
メディア:3.5インチFD(2枚組)でした
内容は「あの頃はこうだったんだ…」の一言
PC88時期でブランドゲームでしたね
スクリーンショットからの逆算ですが
結構衝撃的だったので一発で記憶している画像を思い出した次第です。
(今は46歳ですが、当時はまだ〇姦扱いでエロゲーになってもいなかったです)

個人的な見方ですが、NTRは「演じる」が入るので良いのですが(時代として)
実は「他の人の価値視点を外して見ると」社会的な男の人と女の人の双方の環境を壊します。人の目の社会性が変化したので。
過去作品は「あの頃の許された作り方の残滓」なので


「〇弓は無事に〇の元に戻って来た。お互に再会を喜び合った。しかし二人の心の中の深い傷跡はもう消えることはないだろう。〇田に犯されたあの時の事が二人の脳裏には,はっきりと焼付けられているのであった。」(原文のまま)

エロゲーで「そういう事に慣れる人はいないですが」
かと言ってこのゲームのように「テキストと構成だけで90年代の作れた頃の残滓は山程あるので」

NTRっていうワードをわざわざ創らないと「ゲームだから演じているフィルター付きとしてのフィクションであり、あの頃の酷さは時代として男女双方が目を逸らす事として今も変わらない」として、残っているのでしょうねぇ。

ちなみに、凄く個人的ですが
凌辱とかりょく辱ゲームはあるのに
配偶者暴力(DV)という扱いは無いんですよね・・・
「配偶者」は通常は法律上の婚姻関係(戸籍上の婚姻関係)にある者を指す
当てはまるもの、ありそうなんですが

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