gm (ジーエム) 1999年04号、1999年当時のアダルトゲームについて

gm (ジーエム) 1999年04号、1999年当時のアダルトゲームについて

『gm (ジーエム) 1999年04号』

週刊ザ・プレイステーション別冊の雑誌で、アダルトゲームの特集をしていたことから購入。
アリスら当時の人気ブランドへのインタビューや、エロゲの現状の記事について記載。

gm ジーエム 1999年4号

<はじめに>


最近はゲーム雑誌を読んでいないので、
どういうのが出ているのかは知らないけれど、
当時は『週刊ザ・プレイステーション』は良く読んでいた記憶がある。
PS用の雑誌なので、そっち方面が専門で強いことは確かなのだけれど、
アダルトゲームは専門外だから、どうしても記事は付け焼刃で適当な印象が。
ずっとコンソールのゲームをプレイしてきて、WINDOWSでエロゲデビューして、
軽くWIN95以降の話題作だけを調べて書いたような記事になっているが、
コンソール用ゲーム誌の性質上仕方ないか。

<感想>


1)ジャンル分けにつき、かつては「館」「学園」「ファミレス」という場所や、
「メイド」「義妹」など恋愛の対象たる人物で分けるのが大半であり、
最近のヒット作は「純愛」「感動」「鬼畜」「凌辱」など、
内容を示すものに取って代わりつつあるとある。

こんな意見、初めて見たような。
少なくとも95年以前は「かつて」の中に含まれていないのだろう。
95年から恋愛ゲームが非常に増え始め、96年には過半数を占めるようになり、
恋愛ゲームの中での細分化したジャンル分けを必要とするようになった。
そこで「学園」だの「ファミレス」だの「義妹」だのって区分しだしたけれど、
それは96年以降の話である。
ここでいう「かつて」とは、96年から遅くとも98年なのだろうか。
それにしても、鬼畜や純愛などの内容に応じた区分は既にあったし、
逆にメイドものだの学園ものだのって言い方は今でも使用されるので、
どう考えてもこの結び付け方はおかしいような。

2)上記4つのうち、「純愛」と「感動」を「純愛系」、
「鬼畜」と「凌辱」をダーク系としている。
大きく2つのジャンルとしてまとめることができるとしている。

99年の本なので、
時代の流れとしては2極化が始まっているのは確かであり、
99年において2極化するアダルトゲームという表現も正しいのだろう。
しかし、ライターは過去の他所の雑誌や流れを調べていないのだろうか。
『同級生』とか『放課後恋愛クラブ』なども「純愛」に含んでいるけれど、
「感動」に分類しないものは全部「純愛」というスタンスなのだろうか。
ナンパものというのがアダルトゲームには伝統的に存在していたけれど、
過程を重視し恋愛色を強めるようになり、恋愛という表現も増えたいった。
雑誌なんかを見てもそうなのだけれど、
97年までは専ら「恋愛」という表現が用いられている。
当時半年に一度だけ発売されていた「電撃姫」で「純愛」を使用しだしたのが、
98年のことだった。
何で98年から「純愛」という文字が出てきたのか。
もちろん、単にライターが代わって自分の好きな言葉を用いた可能性もある。
しかし98年の作品を見てみると、
例えば『With You』では二人のヒロインのどちらを選ぶかという物であり、
選んだ一人のとの愛を貫く構造になっている。
『デアボリカ』なんかも完全に一人の女性だけを追うものであり、
『MY GIRL』のように既に彼女がいて彼女への愛を貫くか否かが焦点となる。
97年までの恋愛ゲームはナンパゲーの名残もあり、
多数のヒロインを同時進行しながらプレイしたものである。
しかし98年の作品には上記以外の作品も含め、
話題作に極めて少数のヒロインであるとか、
既に用意されたヒロインとの愛を貫くか否かという構造の作品が登場し、
ナンパや駆け引きや浮気も含んだ「恋愛」という表現よりも、
あなたしか見ていないのだよという「純愛」の方が相応しい作品が増えた。
だからこの時点で「純愛」という表現を持ち出したことは、
個人的には素晴らしかったと思う。
そうした流れがあっての「純愛」なので、
本誌のような感動系以外を全部含めるような扱い方はおかしいのである。

それと、もっと変というか、明らかに間違っているのがダーク系の区分。
シナリオ重視とかストーリー重視というと、
前提に恋愛や純愛や萌えがあるのがアダルトゲームの現状である。
しかし、巷で優れたストーリーの小説に恋愛が全く絡まない作品は、
枚挙に暇がないほどに多く存在する。
むしろ恋愛が絡む方が少数であり、アダルトゲームがそれだけ異質なのだろう。
つまり恋愛やら萌えやらが全く絡まないストーリー重視作があり、
それらはミステリーやサスペンスや館ものや伝奇という風に、
個別にジャンル分けをすることも当然できる。
だから例えば館ものなんかでも、
雑誌では流行時には「館」って単独の扱いになっていた。
しかし上記のように96年には恋愛系が過半数以上になっていたので、
ミステリーも館もホラーも伝奇も年間の発売数が極めて少なくなったわけで。
恋愛じゃないけど、エロ目的の鬼畜・陵辱とは明らかに異なる層の作品があり、
それらをまとめて分けたのがダーク系だったはず。
言わば少数となった非恋愛・非萌えのジャンルのシナリオ重視作品の集合体が、
ダーク系なのであり、その範囲も流動的だったりする。
電撃姫なんかでも、前年は「館」を単独扱いしていたのに、
ブームが過ぎて本数が少なくなると、次の年はダーク系の中に含んでいたし。
だから90年代後半のジャンルを大雑把に表現すると、
「恋愛ないし純愛」「ダーク系」「鬼畜・陵辱」の3つになるのだろう。
少なくとも「ダーク系」と「鬼畜・陵辱」とは全く異なるものであり、
これらを同一視することは完全に間違っている。

因みに、非恋愛・非萌えのシナリオ重視作品は、
個々のジャンルでは数が少なくとも、全部合わせればそれなりの数があり、
だからこそ「ダーク系」なる分類もできたわけで。
しかし周知のように、そのようなシナリオ重視作品は年々減少していき、
恋愛・萌えの絡まないシナリオ重視作なんてのが極めて少数になっていく。
そうなると当然ダーク系と呼べる作品自体が壊滅状態になり、
いつの間にかダーク系という言葉自体が用いられなくなった。
時期的には何時ごろだろうな~
ゼロ年代前半には、ほとんど言葉を聞かなくなったように思うのだけれど。

3)その後、ライターの4つの分類に従い、様々な作品を強引に当てはめている。
細かい部分で引っかかる部分はあるけれど、
そこは思想の違いということで許容範囲なのかな。
ただ、記事の最後に一点。
調教ゲームの中には鬼畜なENDだけでなく、
純愛なENDを含んだものも出始めているとある。

この記事のライターの締めとして、鬼畜ENDと純愛ENDのあるゲームが出ることで、
もはやジャンル分け自体が不要なのかもしれない、
良質な作品が揃っているのだから苦手なジャンルに挑戦してみてはどうか、
となっているわけで。
まとめの内容には凄く賛同するよ。
今は住み分けがなされ、寝取られとか萌えゲーマーには目の敵にされてるし。
だから、苦手なジャンルにも挑戦し、
自分の中の新たな一面に目覚めようって意見は大賛成だ。
ただ、そのまとめに至るまでの記事が最悪だった。
このライターは、2極化しているとして記事を書いているわけでしょ。
なのに、両方含んでいる作品が出てきたなんて書いたら、
2極化してないじゃんってなってしまう。
鬼畜と純愛の双方を含む作品が「出始めた」というのは誤りで、
元々両方含んでいるようなのがアダルトゲームだったわけで。
その中で、次第に片方しかない作品が出てきたという流れなのであり、
読んでいて、ぉいぉい逆だよ逆と突っ込んでしまったよ。

4)ノベルゲームの台頭という記事に、ノベルゲームの隆盛という項目がある。
その中でタクティクスの『ONE』が紹介されている。

隆盛ということで、複数のタイトルが挙がっているのだけれど、
アトラクナクアとか週末の過ごし方とかいちょうの舞う頃とか、
このライターの念頭にあるノベルゲームというのは、
画面全体にテキストが表示されるタイプを指すように感じられる。
そうなると、PCゲーマーとしては『ONE』の存在に違和感が生じる。
なぜなら『ONE』は画面下部にテキスト欄があるタイプだからである。
しかし、よく考えてみると、『ONE』のPS版である『輝く季節へ』は、
画面全体にテキストが表示されるタイプに変更されている。
このライターが『輝く季節へ』だけをプレイし、
『ONE』もそれにエロを付けただけとの認識だったならば、
こういう記事にもなるんだろうなぁ。

5)ビジュアルノベルの誕生

ビジュアルノベルの誕生としてサウンドノベルからつなげている。
サウンドノベル→ビジュアルノベルのつながりは正しいのだけれど、
それをノベルゲー一般の起源にするのは誤りなんだよな。
家庭用ゲーム史観しかない奴に言っても分らないのだろうけれど。
サウンドノベルに対してゲームブックを期限に説明する人も多いけれどさ、
例えば86年発売の『シンデレラペルデュー』に対し、
87年発売のPCゲーの書籍では「ゲームブック」みたいな作品として紹介している。
家庭用ゲーム史観しかないと、そういうのを知らないのだろうし。

6)ノベルゲームの定義
ノベルゲームの定義として、以下の記述がある。
1.探索のための分岐は少ない、文章をじっくる読ませるためのADV
2.背景の上にアニメ調の人物を乗せ、その上にテキストを表示する。
3.BGMはCD-DA、もしくは同クオリティのWAVEサウンド
4.キャラごとにマルチエンドを採用。

・・・どこからつっこむべきかw
普段自分は定義論をしている人の話に加わろうとは思わない。
いや、きちんと分析して構造から客観的に判断しようとするのであれば、
そこには参加したいとも思う。
しかし大抵の場合、自分の好きな作品を持ち上げるための道具であり、
それ以前の作品を何とか切り捨てるための詭弁に用いようという意図が、
感じられてしまうのである。
そうなると結局議論の中心人物の思惑に摺り寄せる作業となり、
議論しあうこと自体が極めて不毛なのである。
この定義からも、そういう要素は見受けられる。
BGMはCD-DAなんて言い出す辺り、それ以前のノベルゲーは切り捨てようとし、
WIN95以降に限定したいという意図が感じられるからである。

それにしても、この定義だと、『弟切草』や『かまいたちの夜』といった、
SFCのサウンドノベルもノベルゲームでないことになる。
アダルトゲームしても、リーフの『雫』と『痕』は外れるよね。
その時点で、完全に破綻した定義である。
まぁ他所でこういう分類の仕方を見たことはないので、
ライターが付け焼刃でその場で考えたものなのだろうけれど。

<最後に>


この特集自体は、当時の人気ブランドのインタビューもあるので、
その部分は読んでいて面白いと思う。
しかし冒頭の繰り返しにもなるのだけれど、
ライターの記事に関しては、まるで参考にならないなと。
アダルトゲームが専門でないから仕方ないにしても、
せめて同時期の専門誌を読んで少しは勉強してから書くべきでは。
でも、コンソール史観しかない人が、
WIN95でエロゲデビューしたらこうなるのだろうなというのは、
何となく分かった気がする。
それと、エロゲ専門誌より一般ゲーム誌の方が読む人が多いから、
内容が適当でも、こういう雑誌の記事の方が読む人も多いだろうし、
当時の初心者や当時を知らない人は真に受けてしまうのだろうなと。
とりあえず、餅は餅屋ということなんだろうね。

gm ジーエム 1999年4号

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