ノベルゲームの歴史・起源

ノベルゲームの歴史・起源

ノベルゲームの歴史・起源について

以前にも書いたのですが、大幅に加筆修正しました。
歴史というより起源ですね。
ノベルゲーが出始めた頃の、初期の頃の話になります。


<はじめに>


ある時、ポケモンに対して、
RPGの元祖と紹介している人を見かけました。
その人は、ポケモンで初めてRPGに触れたのかもしれません。
しかし、80年代のファミコンや90年代のSFC、
或いはPCゲーを知っている人ならば、
いやそれは間違っているだろと指摘するはずです。

では、ファミコン世代の人に聞いたら何と答えるのか。
おそらく多くの人がRPGの元祖はドラクエと答えることでしょう。
しかし、これも誤りです。
初代ドラクエ自体が『夢幻の心臓2』のパクリと言われたように、
86年にドラクエが発売される前から既に、
PCゲーで幾つもRPGが発売されていたのですから。
だから当時PCゲーをプレイしていた人や、
そうでなくても調べた人なんかは、
ドラクエが元祖ではないのだと指摘するはずです。
特にRPGの場合は、ウィザードリィやウルティマとかも、
家庭用ゲーム機に移植されていますから、
それらが調べる際の端緒になりうることもあり、
ドラクエが元祖ではないということを知っている人も、
今では少なからずいることでしょう。

もっとも、今現在ドラクエがRPGの元祖でないと知っていることと、
86年の発売当時に知っていることは異なります。
当時は、PCを所有している人は非常に少なく、
RPGというものを認知している人も少なかったわけでして。
ドラクエ発売前にRPGという存在を知っていた人は、
やっぱりかなり限られていたのだと思います。
だからファミコンという子供なら誰でも持っている機体で、
ドラクエが発売されたことにより、
多くの人がRPGという存在を初めて認知するようになったのであり、
その事実もまた否定できないのでしょう。

さて、そこでノベルゲームについて入っていきます。
上記のRPGと同様のことがノベルゲームにも言えるわけで、
仮に80年代のPCゲーでノベルゲームが存在しても、
PCを持っていてゲームをしている人が少ないのですから、
どうしても認知度は低くなります。
一般に認知されるためには、
どうしても家庭用ゲーム機での発売が不可欠なのでしょう。
ただRPGの場合は、ファミコンにおけるコマンド選択式RPGの、
最初の作品であるドラクエが爆発的に売れ、
それが世間の認知度の上昇に貢献しました。
だから家庭用ゲーム機初の作品であるドラクエに、
それなりの価値を見出すこともできました。
しかしノベルゲームの場合は、少し事情が異なります。
家庭用ゲーム機の最初のノベルゲームである『弟切草』は、
ドラクエのような大ヒットには至っておらず、
ADVファンなら注目したであろうという程度でした。
したがってADVファンなら存在を知っていたとしても、
まだ世間一般へは浸透していませんでしたし、
この作品の登場によりノベルゲームが増えることもありませんでした。
作品が大ヒットし、ノベルゲームが増えるきっかけとなったのは、
二年後の『かまいたちの夜』(1994)の発売になります。

そうなると『かまいたちの夜』でノベルを知り、
これを元祖と考える人も出てくることもありえるのでしょうが、
『弟切草』も『かまいたちの夜』も同じチュンソフトから発売され、
サウンドノベルというジャンル名が付されていたことから、
仮に『かまいたちの夜』でノベルゲームに初めて触れたとしても、
『弟切草』が先なんだとの認識に至ることも自然なのでしょう。
つまり『かまいたちの夜』により、
ノベルゲームというジャンルが広く世間に浸透し、
その前の作品である『弟切草』が再評価され、
ノベルゲームの元祖と思う人も増えたと。

しかし、RPGでもドラクエ以前に既にPCで幾つもあったように、
ADVだってサウンドノベルにより認知度が上がったとしても、
だからといってノベルゲーがPCで存在していなかったとは言えず、
ドラクエに対する夢幻の心臓2や、
ウィザードリィなどのような存在を別途検討する必要があります。
その点について、これから検討していくことになるのですが、
どこまでがノベルゲームと呼べるのかについては、
人により異なってきているのが現状なのでしょう。
そこで、家庭用ゲーム機初のノベルゲームである『弟切草』や、
今日のノベルゲームの特徴から、
過去の作品についてみていきたいと思います。

<女子寮パニック>


ノベルゲームに関しては、
テキストに絵と音が組み合わさったものであり、
その相乗効果により物語を楽しむジャンルというような表現を、
しばしば見かけることがあります。

しかし、テキストに絵と音がついた作品という条件だけだと、
ほとんどの作品がノベルゲームになってしまいます。
なぜなら、コマンド入力式ADVもコマンド選択式ADVも、
それどころかRPGとかだってテキストに絵や音が付いており、
物語を楽しむことができますから。
したがって、ノベルゲームと言えるためには、
ゲーム形式の観点からの絞りも不可欠になります。
『弟切草』や現在のノベルゲームの場合、
ゲームシステムの観点から見てみると、
大半が途中に出てくる選択肢を選ぶことにより、
その後の展開が分岐するものと言えます。
クリックで読み進めつつ選択肢を選ぶのがノベルゲームだという表現は、
まず異論のないところでしょう。

そこで80年代のADVのゲームシステムを振り返ってみると、
PCゲーのADVにおいては、
80年代前半のADVの主流はコマンド入力式であり、
80年代後半のADVの主流はコマンド選択式でした。
家庭用ゲーム機においてはADVは80年代後半から登場するところ、
その大半がコマンド選択式となります。
したがって、80年代のADVの多くが、
『弟切草』や現在のノベルゲームと、
ゲームシステムの点で異なっていることになります。
しかしながら、これは当時の主流の話であり、
ADVの全てがコマンド入力式や選択式だったわけでもありません。
例えば『女子寮パニック』(1983)では、
下の画像のように選択肢を選ぶことで、
その後の展開が変わるシステムになっており、
コマンド入力式でも選択式でもありませんでした。
『女子寮パニック』はゲームシステムにおいては、
『弟切草』や現在のノベルゲームと何ら変わらないのです。
joshiryo03.png

だからもし、ノベルゲームとはゲームシステムにおいて、
選択肢を選んで進める作品だと定義するのならば、
この作品はノベルゲームと言えることになります。

もっとも、確かに『女子寮パニック』は選択肢で分岐し、
ジャンルとしてADVに含まれることも争いはないのでしょうが、
リアルタイムで進行する作品ですし、
テキストを読むことで、
ストーリーを読み進めるという類の作品でもありませんでした。
だからノベルゲームの要件として、
ストーリーを楽しむことが中心である必要があると考えるならば、
この作品はノベルゲームとは言えないのでしょう。

私見としてはこの作品に対し、
広い意味ではノベルゲームと表記して構わないと思うものの、
ノベルゲームの変遷や系譜という観点からは、
今日のノベルゲームにつながるものではないと考えます。

<コリアード>


選択肢から選ぶことでその後の展開が変わるゲームシステムを有しつつ、
テキストによりストーリーを楽しむことを目的とした作品となると、
次に挙げられるのが『コリアード』(1984)になります。

『コリアード』は下の画像から分かるように、
画面上にテキストが表示されます。
そして、たまに選択肢が登場し、
その選択肢を選ぶことにより展開が変わる作品になります。
corid02.jpg

そしてグラフィックなしで進行するのが基本ですが、
大事な場面ではイベントCGが表示されます。
corid01.jpg

『コリアード』では立ち絵はないですが、
もし立ち絵をノベルの要件に含めてしまうと、
『弟切草』もノベルゲームでないという矛盾が生かねませねんので、
その点は気にしなくて良いのでしょう。
そうすると、今の諸説あるノベルゲームの定義のどれで判断しても、
おそらく本作はノベルゲームの要件を満たすのでしょう。
この作品をノベルゲームではないと矛盾なく説明することは、
既存の定義からは困難であると思います。

ところで、一概にノベルゲームと言っても、
その方向性は大きく二つあります。
一つは選択肢を選ぶことでストーリーが分岐し、
その後の展開が変わることを楽しむことを主目的としたタイプで、
『弟切草』などのSFCにおけるノベルゲームや、
PC98時代までのアダルトゲームにおけるノベルゲームが、
このタイプに属することが多いです。
このタイプの作品を説明をする際、
「ゲームブックの様な作品」と例える人も多いし、
またジャンルとして起源はゲームブックであると説明する人も多いです。
そこで便宜上、このタイプのノベルゲームを、
今後は「ゲームブック型」と表記します。

他方で、分岐によるその後の展開の変化を楽しむのが主ではなく、
小説や漫画を読むように、
テキストと絵と音の組み合わせで、
純粋にストーリーを楽しむことを主目的としたタイプがあり、
今日のアダルトゲームの大半はこのタイプに属するのでしょう。
このタイプは、ただ読み進めることから、
ゲーム性に乏しいジャンルでもあり、
紙芝居と揶揄されることも多いです。
だから紙芝居という表現に不快感を抱く人もいるかもしれませんが、
ここでは便宜上、以後は「紙芝居型」と表記します。

そうすると、『弟切草』のようなゲームブック型に関しては、
『コリアード』が元祖であり、
以後の作品は『コリアード』に影響を受けた、
同じ系譜の作品と説明することは可能でしょう。

しかし『コリアード』の場合、
グラフィックが表示されるのが一部だけであることや、
ゲームの主目的の観点からすると、
今日のノベルゲームのような、
絵と音とテキストの相乗効果でストーリーを楽しむものとは、
少しベクトルが異なるものであり、
『コリアード』と紙芝居型とは、少し異なる系譜の作品と考えられます。

<シンデレラペルデュー>


選択肢から選ぶことで展開が変わるゲームシステムを有しつつ、
常時グラフィックが表示され、
分岐による変化よりもストーリーに主目的があるタイプとなると、
『シンデレラペルデュー』(1986)が挙げられます。
sinderera01.png

『シンデレラペルデュー』であれば、
現在の紙芝居型に必要な要素を満たしているといえ、
紙芝居型の元祖と言えるのでしょう。

ところで、ノベルゲーについて語るエロゲファンもいますが、
何故に起源をサウンドノベルにしたがるのか、
私には理解できません。
そうした記事をいくら読んでも、
書いた人が単にサウンドノベルでノベルゲーを知っただけであり、
それより前の状況を調べた形跡は見受けられませんから。
エロゲはサウンドノベルのパクリとか、
エロゲを見下す趣旨で書いたのならば分からないでもないですが、
まがりなりにもエロゲファンであるのならば、
エロゲにおける現在のノベルゲーはそもそもエロゲが起源なのだと、
本作の名前を出すなどして、それくらいはやってもらいたいものです。
あくまでも私見ですが、それすらできない人は、
私はエロゲファンとは思えません。

<艶談シリーズ>


上記のとおり『シンデレラペルデュー』は、
現在に通じるノベルゲーの全ての要素を充たしていましたが、
ゲームとして面白いかとなると疑問の残る作品でもありました。
ストーリー性も皆無ではないけど希薄ですし、
ゲーム性も分岐はあるけど2択で展開の幅も少なかったですから。

もちろん、面白いと感じるかは主観的なものでもありますし、
自分が面白いと思ったか否かでノベルゲー足りえるか分けるのも、
極めて変な話ではあります。
そういうことを言い出したらキリがないですし、
何の説得力も生まれませんから。
だから私は紙芝居型の系譜の元祖は、
『シンデレラペルデュー』と考えています。

もっとも、面白くないということは、何かしら足りないからであり、
その足りない部分を拡大解釈することで、
ノベルゲーとしての要素の不備と解釈することも可能なのでしょう。

その場合はどうなるのかですが、
『シンデレラペルデュー』を製作した全流通は、
その後もノベルゲーを作り続けます。
そして「艶談シリーズ」(1988、1989)の頃になると、
ストーリー性が強化され、
攻略情報がないと攻略に難儀する人が出てくるくらいに、
やり応えのある作品となり、
エロゲ初の名作ノベルゲーと呼べるほどの内容も有するようになりました。

irohaniho02.jpg

<ノベルウェア>


以上の様な80年代の実質的なノベルゲームに対しては、
ゲームの構造からはノベルゲーであると言えても、
ノベルという名称が公式ジャンル名で使われていたわけではありません。

まぁ、「ノベル」という言葉の使用にこだわる人もいますけれど、
その辺にこだわりだすと、そもそも今のエロゲのノベルゲーだって、
公式ジャンル上は大半がADVでしかないのであり、
ノベルという名称を用いること自体に、
どれだけ意味があるのかは疑問があります。

ただ、当時の雑誌の紹介やレビューなどを見ても、
既に「紙芝居」や「ゲームブック」のようなという表現があります。
そういう意味では、実はノベルゲームという言葉よりも、
紙芝居とかの言葉の方が使用は先なのです。

さて、ノベルゲームは総称として今は使われていますが、
正直なところ、定まった正式な表現は今でもないように思います。
それでいて、ノベルという言葉を最初に用いたことに対し、
妙にこだわる人も多いという、不思議なジャンルでもありまして。
とりあえず、公式でジャンル名に「ノベル」という言葉を使用し、
小説のように読み進めることを主目的にしたことを、
製作側が明言した作品となると、
システムサコムの「ノベルウェア」シリーズ(1988~)が挙げられます。

上記の全流通の作品は、私は自分でプレイした上で、
これはストーリーを楽しむことが主目的だと判断したわけですが、
私の判断を信用できないという人もいるかもしれません。
その場合であっても、ノベルウェアがノベルという表現を用いたこと、
そのコンセプトはシステムサコム自信が名言していることから、
遅くともノベルウェアの登場により、
小説のように読み進めることを主目的とした紙芝居型が、
確立されたと言えるのでしょう。

因みに、1988年のノベルウェア作品としては、
『ドーム』『シャティ』『ソフトでハードな物語』があります。
softdehard.jpg

<ザ・キング・オブ・シカゴ>


紙芝居型の方向性を明確に押し出したのが、
上記の「ノベルウェア」であるならば、
ゲームブック型として分岐の多さを強調したのが、
『ザ・キング・オブ・シカゴ』(1988)でした。

kingofci03.jpg

ゲームブック型の元祖は『コリアード』で良いと思いますが、
グラフィックの表示が限定されているところで、
難色が示されるおそれはあります。
その場合でも、ゲームブック型の系譜の起源は、
遅くとも本作に求めることができるのでしょう。

<プロセルピア>


ただ、『ザ・キング・オブ・シカゴ』の場合には、
SLG的な要素も含まれており、
必ずしも純粋なノベルゲームと言えない作品でもありました。

より純粋なゲームブック型、
端的にゲームブックそのものをコンピューター化した作品となると、
『プロセルピア』(1988)が挙げられます。

puroserpia04.jpg

<1988年のノベルゲーム>


以上のように、様々な方向性のノベルゲームが登場したのが、
1988年のPCゲームでした。

アダルトゲームないし美少女ゲームにしても全流通の作品だけではなく、
『ドッキン美奈子先生!』 や『わが青春の妖怪屋敷』など、
幾つかのブランドからノベルゲームが発売されています。

特に『魔剣士KUMIKO』などの、
いわゆる「内山亜紀のセクシーボイスシリーズ」では、
カットインを多用するなど演出に力を入れた作品も出てきました。
魔剣士KUMIKO02

以上をまとめると、元祖ノベルゲームの誕生は84年と言えそうですが、
様々な方向性のノベルゲームが登場したことで、
ノベルゲームがジャンルとして確立したと言えるのは、
88年になるといえるのでしょう。

<同人>


さて、ここまでは商業作品を中心に見てきましたが、
ノベルゲームには、もう一つ利点があり、
それが低予算で製作できる、
さらには高い技術を有しなくても作れるジャンルだということです。
したがって予算のとれない中小ブランドでも製作しやすいジャンルであり、
また、もっと予算や技術に難のある、
同人向きのジャンルとも言えるのでしょう。

そして今でも同人市場でノベルゲーが多いのと同じで、
いや環境の整っていない昔なら尚更のこと、
ノベルゲーの方が作品を作りやすいわけで、
実はこの頃からノベルゲームが存在するのです。

例えば『愛乃にゅうろおだあず vol.4』(1987)など、
当時の同人市場で有名だったエレインソフトは、
同シリーズ(1987~1989)の他にも、
「えろてぃっく まじかる とりっぷ」シリーズ(1988・1989)も発売し、
多数のノベルゲーを製作しています。
ainonew402.jpg

余談ですが、『愛乃にゅうろおだあず vol.4』を始めると、
最初にノベルゲームの遊び方も説明しているあたり、
まだジャンルとして浸透しきっていないことが伝わってきますね。
ainonew401.jpg

<サウンドノベル>


例えば今のADVにしても、各ブランドが「~ADV」と、
各々自分の作品に合わせてアレンジして表記しているように、
ノベルゲームの場合も自作品に合わせてアレンジされることが多く、
言い換えれば表記が統一されていませんでした。
上記の様なノベルウェアというのもありますし、
そもそも同じコンセプトであっても、
ノベルという言葉を用いることが決まっていないのですから、
他にコミックやシネマなどの語句を用いるケースもあり、
例えば『ブルームーン・ストーリー PART1』(1989)では、
「シネマウェア」という表現が用いられています。

そうした数あるノベルゲームの中で、
効果音の使い方にこだわったノベルゲームとして、
即ち「(従来のノベルゲームよりも、)
サウンド(にこだわった)ノベル(ゲーム)」として登場したのが、
サウンドノベルであり、
その第一弾が『弟切草』(1992)になります。

ここまで挙げてきた作品の画像を見れば分かりますが、
ノベルゲームにおける画像の表示方法は多岐にわたります。
テキストと絵と音との融合であるノベルゲームと言っても、
何を強調したいかにより、
その組み合わせの比重は作品により異なるのであり、
グラフィックを重視する作品はグラフィックの比重を高め、
そうでない作品はグラフィックの比重を低くすることもあります。
例えば『弟切草』の場合、SFCのグラフィック機能が弱かったことや、
絵よりも音にこだわった作品であることから、
グラフィックの比重を低くし、
その分、テキストを画面全体に表示させることで、
一画面内における情報量を増やし比重を高めています。

その後の『かまいたちの夜』のヒットにより、
SFCでサウンドノベルが増えましたが、
映像で見せることよりも、
まず第一にテキストを読ませることを重視するならば、
こうした画面全体にテキストを表示する方法は効果的と言えるでしょう。

<マルチストーリーマルチエンディングADV>


80年代後半にPCゲーで増えたノベルゲームですが、
一般向けのADVが激減したことや、
90年前後にアダルトゲームでもRPGが流行するなど、
ゲーム性の高い作品が増えたことなどにより、
ノベルゲームの数は激減してしまいます。
90年から92年は、ノベルゲーム登場以後では、
最もノベルゲームの少なかった時期ではないでしょうか。
そこにPC88からPC98へと移行したことなども加わり、
結果としてユーザーの認識に断絶も生じ、
ノベルゲームを知らないPCゲーユーザーも増えたと。

90年代、即ちPC98の時代入ってからも、
「ディスクノベルズ」として発売された『Charm』(1992)、
「エロティック・BAKA・ノベル」として発売された
『電話のベルが・・・』(1993)など、
ノベルと明記した作品も発売されていますが、
『河原崎家の一族』(1993)が大ヒットし、
その後にアダルトゲームで増えたノベルゲームについては、
書籍などでは「マルチストーリーマルチエンディングADV」と
書かれることが多かったです。
kawarazaki01.jpg

PC98時代にゲームをやりつつWIN時代に入る頃に止めた人で、
ノベルゲーって一体どういうのかと思ってやってみたら、
単にマルチストーリーマルチエンディングADVだったと、
そのように言っていたのを見かけたことがあります。
如何せん『かまいたちの夜』(1994)以前は、
ノベルゲームの認識が浸透しきっていなかったことから、
同じジャンルでも言葉が異なることも多くなってしまうのでしょう。
なので、マルチストーリーマルチエンディングADVという表現の方が、
中には馴染みのある人もいるでしょうし、
その中でノベルゲーがいまいち分からない人もいるかと思いますが、
それは単に表記の仕方の違いでしかなく、
両者は同一と考えて良いでしょう。

<ビジュアルノベル>


家庭用ゲーム機におけるサウンドノベルのヒットを受けて、
サウンドノベルの方法を模倣しつつ、
アダルトゲームではキャラの絵が大事であることから、
サウンドノベルのようなシルエットではなく、
キャラの絵を用いたのが、
リーフのビジュアルノベル(1996~1997)になります。
20090618123906.jpg

ここで気を付けるべき点が何点かあります。
一つ目は、ビジュアルノベルがサウンドノベルの影響を受け、
サウンドノベルの系譜にあることは間違いありません。
しかし上記の通りサウンドノベルよりも前に、
既にアダルトゲームではノベルゲームがあるのだから、
アダルトゲームにおける全てのノベルゲームの起源を、
ビジュアルノベルとすることはできないということです。

二つ目は、テキストと絵と音とを融合させたノベルゲームは、
80年代から様々な形で存在してきています。
したがってノベルゲームとビジュアルノベルは、
決して同義ではないのです。
サウンドノベルにしても、数あるノベルゲームの形式の中で、
「サウンドにこだわりつつ画面全体にテキストを表示させたもの」、
という程度の意味しか存在しません。
ビジュアルノベルはそのサウンドノベルの派生版であり、
「キャラ絵を用いつつ画面全体にテキストを表示させたノベル」という、
ノベルゲームの中の限られたものを示すものにすぎないということです。

元々は、そのような限られた趣旨で用いられていたはずですが、
いわゆる葉鍵ブームで、リーフ作品で初めてノベルに触れた人などが、
ビジュアルノベル=ノベルゲームと勘違いし、
拡大解釈するようになっていったのです。

もっとも、近年のゲームと呼ぶのも怪しいような、
本当に読むだけの作品が増加することで、
ノベルゲームという表現を用いるのではなく、
ビジュアルノベルという言葉の方がしっくりくるという人も、
少なからずいるかもしれません。
つまり、ビジュアルノベルをもっと広い意味で使いたい、
即ちテキスト・絵・音を融合させた総合エンターテイメントとして、
広義の意味として、
ビジュアルノベルという言葉を用いたいということですね。

その広義の意味で使用すること自体を一概に否定するつもりもないですが、
その場合には、広義のビジュアルノベルの元祖は、
リーフのビジュアルノベルではないということだけは、
必ず理解しておくべきです。

少し余談になりますが、
私が一昔前のリーフの信者を好きになれないのは、
広義の意味に拡大してビジュアルノベルの言葉を用いつつ、
その元祖がリーフの作品であるとし、
全ての功績はリーフの作品にあるかのような虚言を述べ、
それ以前にノベルゲームはなかった、
ストーリー重視のADVもなかったなど、
プレイどころか調べもしないで決め付け、
過去の作品の存在そのものを抹殺しようとする、
その姿勢が気に入らないからです。
好きな作品を褒めたい気持ちは分かりますが、
知りもしない作品を無根拠に貶す輩に、
過去の作品を含めたエロゲの歴史を語る資格はありません。

三つ目は、これはあくまでも私見として、
私の個人的な疑問として書きます。
そもそもADVにおけるテキスト表示量は、作品によって異なります。
映像で多くを表現する作品ならば、
一画面内にテキストを多く表示する必要はないでしょう。
しかし、テキストを多く読む必要のあるADVでは、
一画面に表示させるテキスト量を増やすことが効果的といえます。
そのため、90年代までの一般的な傾向として、
他のADVよりもノベルゲームの方が、
一画面内のテキストによる情報量が多いです。
サウンドノベルなどは、その最たるものであり、
画面全体にテキストを表示させることで情報量を増やし、
プレイヤーの読みやすい環境作りを整えています。
ビジュアルノベルもサウンドノベルの派生版ですから、
普通のゲームよりも情報量を増やそうという理念を受け継いでいます。
しかし、最近のアダルトゲームのノベルゲーは、
テキスト欄には一文単位でしか表示されないものも多いです。
これは立ち絵の細かい動きに連動させようとした結果かもしれませんが、
それは即ち映像を重視した結果とも言えるわけであり、
サウンドノベルやビジュアルノベルの理念とは相反するものです。
そうだとすると、現在のアダルトゲームのノベルゲームは、
私にはサウンドノベルやビジュアルノベルの理念の影響下にあるとは、
到底思えないのであり、
リーフのビジュアルノベルから現在のノベルへとつなげることは、
私には矛盾するように思うのです。

四つ目は、最近は外国人が、
VN(ヴィジュアルノベル)という言葉を用いる機会が増えましたが、
あれ、よく見てみると、VN=日本産ADVとなっているんですよね。
明らかにノベルゲーでないものも、何でもかんでもVNにされてますし。
したがって、ビジュアルノベルとVNとは、
違うものと考えるべきなのでしょう。
言うなれば、VNとはRPGでいうところのJRPGなのでしょうね。

<その他>


上記のように文章を読ませることに重点を置いた作品の場合には、
一画面内の情報量を増やすことも重要ではあります。
そのためにはグラフィックを多少犠牲にし、
画面全体にテキストを表示することも、
方法として有効であるといえます。
しかしながらアダルトゲームの場合は、キャラの絵が大事であり、
グラフィックを犠牲にすることが得策とは考えられません。
94年以降のサウンドノベルの流行の波にのり、
アダルトゲームにおいてもビジュアルノベル、
即ちキャラ絵の上で画面全体にテキストを表示させる作品が、
いくつか発売されました。
しかし安易に真似ただけの手法はアダルトゲームには合わず、
すぐにリーフのビジュアルノベル形式の作品は減っていきます。

画面内の情報量を増やしつつも、
キャラの絵も犠牲にしない方法として、
例えば『メッセンジャーフロムダークナイト』(1995)があります。
messe01.jpg

他にも今回挙げなかった作品で、
画面の表示方法に工夫の見られるノベルゲームは幾つもあります。
しかしながら、ノベルゲームの多いアダルトゲームにおいては、
ゲーム性を排除するなど人によっては退化と捉えかねない方向で、
即ち機能を削除する方向で推移していますので、
次第に画面下部のテキスト欄固定で、
そのテキスト量も一文単位で表示するなど、
シンプルな方向に向かっていき、
今日に至るというところなのでしょう。

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