『In Memoriam』

『In Memoriam』

『In Memoriam』は2003年にWIN用として、UbiSoftから発売されました。
翌年に『Missing: Since January』というタイトルで、US版が発売されています。

開発はLexisnumeriqueで、現実と虚構の融合に挑んだ意欲作でした。

<はじめに>


私はゲームでしかなしえない物語というものに興味があるのですが、
そのある意味最も単純な例がセーブ&ロードを繰り返すものなのでしょう。
トライアル・アンド・エラー、いろいろ試してみて、
それでもやり直しがきくことがゲームの魅力なんだと思いますから。
現実でやり直しができないことは当然ですが、
小説や漫画なんかでもそんなことはできないですからね。

でも、セーブ&ロードなんてのは当たり前になりすぎて、
今日ではむしろ弊害の方に目が行きがちです。
つまり安易にやり直しができてしまうと、
一つ一つの行動の重みがなくなってしまうということです。
絶対に現実よりも軽く考えて行動してしまいますからね。

その溝はもう、どう考えたって完全には埋まりっこないのだけれど、
できるだけ行動に重みを持たせ、現実の持つ重みに近づけるということは、
ある程度ならば可能なのでしょう。

その近づけるための方向性としては大雑把に2つ考えられるのであり、
1つは制限をかけ、やりなおしを出来なくさせる方向です。
もう1つは逆に徹底的に自由にさせ、
理論上はともかく事実上同じ行動は2度ととれないように錯覚させる方向です。

前者は誰でも容易に思い浮かびやすいですし、
他方で試行錯誤させるというゲーム本来の魅力を損ねてしまうおそれがあり、
安易かつ本末転倒に見えてしまうケースが多く、個人的には好きになれません。
もちろん、やり直しのきかない点に必然的理由があれば納得できるのですが、
コンピューターゲームでは難しいのかもしれません。
コンピューターゲームの向かうべき方向性としては、
徹底的な自由度をもって同じ行動をとるのが不可能な方に持っていくのが、
個人的には真っ当なように感じます。
この場合には行動の重みを持たせつつ、
ゲーム本来の魅力も損なわないですからね。
とは言うものの、自由度を重視しすぎてSLGになってしまうと、
今度はイベント性・物語性が損なわれてしまいます。
私は物語やキャラも堪能したいと思ってしまうことから、
自由度重視のSLGではなく自由度重視のADVが好きなんですよね。

もっとも前者の制約をかけるタイプも、必ずしも駄目というわけではありません。
上記のように制約に必然性を感じさせられれば良いのです。
(ただし、必然性があってもそれは行動の重みにプラスに作用するだけで、
やはりゲームならではの物語とは少し異なるのでしょうが。)
ゲームというのは当然ですがコンピューターゲームだけではなく、
他にも様々な形態がありえます。
小説やドラマなどの読者参加型のゲームでは、
ルールと言う形で制約が事前に課されています。
これなら、制約がなされやり直しがきかなくても納得できます。
まぁ雑誌とかの読者参加型ゲームだと制約も多く、多人数の参加ですので、
自分の決定で物語が動くというようにはなりません。
プレイバイメール、そこから発展したプレイバイウェブならば、
もう少し融通は利くのでしょう。
しかし人は強欲なものなので、もっと自分本位で進行し、
かつやり直しの利かない物語を堪能したいと思うものです。
少し大げさに言うならば、本作はその可能性を追求し、
同時にゲームとネットの融合を図った意欲作と言えるのではないでしょうか。

<概要>


さて、本作はミステリー作品になります。
ジャーナリストであるジャックと仲間のカレンが失踪してしまい、
プレイヤーは彼らを探し助け出す捜査に協力することになります。
設定としてはフェニックスと呼ばれる殺人鬼の犯人からCDROMが送り届けられ、
発見のために捜査機関がそれを公開し、
そのCDの内容などから推理していくということになります。
で、そのCDがプレイヤーの持っているCDとなるわけですね。

CDには実写のムービーや画像がふんだんに用いられています。
確かツールにはマクロメディアディレクターが使われていたっけか。
この辺はインタラクティブムービーの名残が残っていますね。
inmemo01.jpg

ゲームの進行は必要な情報を探し出す、
つまり途中で出てくる情報を元にHPからキーワードを探したり、
ミニゲームをこなすことになります。
このHPはインターネットを通して見るのですが、
本物のサイトのように存在するものの、このゲームのためにわざわざ作られたものです。
残念ながら日本語には対応していないのですが、英語、ドイツ語、イタリア語と、
多くの言語に対応したページが用意されていたようです。

加えて、ゲーム中には本物のEメールも何通も送られてきます。
フェニックスはEメールを通じ様々な謎を課してきたり、
時には脅迫めいたこともしてきます。
逆に協力者からのメールを通してヒントを得ることもあります。

現実のネット検索やメール受信などインターネットをフル活用する必要があり、
それがそのままゲームプレイに反映されるのです。
プレイヤーのペースで進められつつも、
あくまでも現実に一緒に捜査するというスタンスなので、
進行度が自動保存される以外はセーブなどもなくやり直しできません。
やっていることは、冷静に見ればネット活用を除けば他のADVとさほど変わらないですが、
この設定のおかげで緊張感が全然異なってくるのです。

<感想>


朝起きて、メールをチェックすると、
ゲーム内のキャラからリアルのメールが届く。
果たしてどこからが現実でどこからが虚構なのか、
現実と虚構(ゲーム)の融合、オフラインとオンラインの融合を模索した、
まさに野心作でしたね。
その発想の斬新さは高く評価されて然るべきなのでしょう。

ただ細かいどうでも良いような話かもしれませんが、
説明としてはゲームならではの物語というのはちょっと違うと思うわけで、
ゲームならではの要素を追求した物語なのではなく、
現実との融合を図るというような表現になるのでしょう。

世界中でインパクトを与え、一定の評価もされた本作。
一方で斬新なゲームデザインや優れたグラフィック・雰囲気を有しつつも、
しかしながらゲームはゲームデザインやグラフィック・ストーリーだけが全てではありません。
私は優れたゲームデザインであればそれなりに評価しがちですが、
それでもやっぱりそれが全てではないのです。
古い作品で、もう細かいことは忘れてしまったのですが、
本作の場合にはメール活用の甘さや凶悪なパズルの質など、
単純にゲームとして抜群に面白いとまでは言えないこともあり、
どうしても完全に絶賛とまではいかないのでしょう。
因みに私は未プレイですが、
後継作である『Evidence: The Last Ritual』(2006)では、
その辺も改良されているようですし、
何よりこの手の作品は運営上の問題もありますからね。
今やるなら『Evidence: The Last Ritual』になるのでしょうね。

世の中には彗星の如く登場し、周りに影響を及ぼす商品というのがあります。
商品だけでなく人物など多分野でそいうものがあるため、
えてして物事もそう考えがちです。
即ち、「~」が登場し、それに影響を受けた作品が登場したと。
しかしながら、ゲームの、その中でもADVの構造に限ってみるならば、
そういう事例はほぼ皆無と考えて良いでしょう。
いろいろ知れば知るほど、調べれば調べるほど、そういう結論に至るはずです。
ADVの構造というのは、ゲームデザイン・システム部分の話ですね。
ストーリーは何かが偶然ヒットしたら、右に倣えってケースもままあるので。
しかしシステム面に関しては、斬新な傑作とされるもののほとんどは、
それ以前に別の作品があるわけで、
その過去の作品の完成度を高めつつ新規の要素も加えたものが大半なのです。
傑作として名が残らなかった過去の作品は、確かに斬新ではあるのですが、
何かしら欠点も多いことから、年が経つほど埋もれやすくなるのでしょう。
本作は、私は間違いなく斬新な作品だと思います。
でも、いろいろ問題も抱えているのであり、
上記の分類では傑作登場後には埋もれやすい過去作タイプなのだと思います。
言い換えれば、まだ見ぬこの分野の金字塔につながる可能性をもった原石、
ないしプロトタイプ的な作品なのでしょう。

まぁ制作するのはいろんな面で難しそうですからね。
この方面に期待する人も少なからずいるのかもしれませんが、
やっぱり一筋縄ではいかず発展もしにくいのでしょうね。
もっとも個人的にはこの分野に疎くなって何年も経ちますので、
もしかしたら今はもっと凄いのがあるかもしれないですけれど。
とりあえず、1つの可能性を追求しようとした作品ということで、
ボツ記事の差替えで少々大雑把になってしまったかもしれませんが、
これで紹介とさせておきます。

ランク:A(名作)

In Memoriam (輸入版) Evidence: The Last Ritual (輸入版)
関連するタグ WIN /ADV /


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