アダルトゲームの歴史 2004年 その2

アダルトゲームの歴史 2004年 その2

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第65弾ということで、
2004年の2回目になります。

今回は前回の続きと、新しい特徴のようなものの話になります。
まずは前回の補足と続きから。同人ソフトに再度注目が行くようになり、多くの同人ソフトや低価格商品が一つの方向性として浸透していき始めたのが2004年でした。
同人ソフトは低価格で購入できるかわりに、作品のボリュームも少ない傾向があります。また同人のノベルゲーでは『ひぐらしのなく頃に』のように音声の付いていない作品も少なくありません。従って同人ソフトが広く受け入れられるということは、同時にボリュームや音声などフルプライスの商業作品と比べて部分的にはどこか足りない面があったとしても、何かしら他には負けないというような1点特化型作品が受け入れられやすくなったことも意味します。
低価格であれば実験的で冒険した作品もマニアックな属性の作品も作りやすいことから、次第にそれら実験的な作品やマニアックな属性の作品は、商業でも低価格作品として発売されるようになっていきます。
例えば2004年では人妻・熟女に特化した『ミセス・ジャンキー』がありますが、製作した「ブルゲ ON DEMAND」はジャンキーシリーズとしてミドルプライスで属性特化作品を作っていました。多数ではないにしても確実に存在するであろう需要を満たすべく、その系統の作品がフルプライスからミドルプライスへ、ミドルプライスからロープライスへと移りながら、翌年以降は活路を見出していくことになります。

もっとも2002年のアリスから始まる低価格路線の時点では、それほど普及しませんでした。理由は幾つかあるだろうし繰り返しになるので省略しますが、実際の販売店でも店の隅で売られていたりセールスの機会が得られにくかったことも大きかったのでしょう。
この辺は、パッケージ問題とも関連しますね。今でも無駄に大きい箱が使用され、時にはその無駄が唱えられる場合もあります。しかし実際にトールケースだけにしてしまうと、小さくて目立たないことから売り上げが落ちてしまうのです。それで何度か忘れた頃に小型化の挑戦がなされるのですが、結局元の大きさに戻ってしまうわけで、いつもその繰り返しなんですね。というわけでフルプライス作品は大きい箱のままなのですが、低価格商品は経費節減のためにトールケースにならざるをえませんし、場所をとらない上に1本辺りの売り上げも大きくないからか、店頭では隅っこに置かれて目立たなかったのです。また同人などは更にセールスの機会が限られてしまいます。
今は低価格商品や同人ソフトの市場も広く定着していますが、その流れは2004年頃の再注目というユーザー側の意識面の変化と、翌年以降の物理的な変化があったからなのでしょう。即ち、常時接続・大容量というADSLや光ファイバーといったブロードバンドの普及により通販サイトの拡大やダウンロード販売が浸透していくことが密接に関連するわけですね。
2004年には2万本だったダウンロード販売による販売数は、翌2005年には17万本に大幅に増えます。ダウンロード販売を中心とした市場が次第に形成されることにより、低価格作品や同人作品のセールスの機会が確保されていき、広くユーザーに浸透していったのだと言えるでしょう。

ところで、2004年の動向として注目すべき点に『CARNIVAL』の存在があります。『CARNIVAL』は今でこそ瀬戸口廉也さんのライターとしてのデビュー作の印象が強くなっていますが、発売前の事情は異なっていました。つまり、ラノベ作家の桑島由一さんがエロゲに参加ということで話題になったのです(結局、原作が桑島由一さんで、実際にシナリオを担当したのが瀬戸口廉也さんのようです)。
少し時代を遡りつつ一般論から入りますが、アニメ・ラノベ・漫画・エロゲといった市場は昔から一部では重なりつつも、一部では「全くかすってすらもいない」のです。特に80年代のような古い時代になればなるほど、PCゲーを好む層とアニメなどの二次元のオタク層とは分かれています。そもそもオタク的欲求を満足させるためにPCを買うのではなく、プログラムや他に興味があることがあって、その傍らでPCゲーに手を出すっていう人が多かったですから。だから2次元を中心としたオタク文化の視点で80年代や90年代前半のエロゲを振り返ることは、個人的にはかなり偏った危険な物の見方だと思っています。
分離したような状態は90年代半ばのPC98の時代まで続くのですが、WIN95の発売とそれに伴うPCの価格の下降もあり、次第にアニメ等を中心にしていた二次元のオタク層もエロゲに手を出すようになります。またアニメでは既に使われ浸透していた萌えの概念もエロゲに広がることで、エロゲユーザーと従来の2次元オタク層とが重なりあうようになっていったわけですね。
但し、どういう分野でもそうなのですが、先端でブームのきっかけになることと文化の中心であることは同一とは限りません。90年代のPC普及率はまだ低く、それでも一般に比べればオタク内でのPC普及率は格段に高かったものの、まだオタクの誰もがPCを持っている時代でもありませんでした。だからセガサターンの18推のようなソフトがかなり売れたという事情もありますしね。興味のある方は各自調べてみれば分かりますが、ギャルゲーの歴代売り上げの上位は90年代後半に固まっており、その中には多数のPCからの移植作品があります。中には20万本以上売れた物もありますが、それだけまだPCは遠い存在でもあったのです。
この辺は、えてして自分がいるのが中心と考えがちなので、人によって認識も変わりうるのでしょうけどね。確かに泣きゲーブームのようにエロゲから新たなムーブメントが生まれたこともあるのでオタク文化の先端と言うことはできるのかもしれませんが、多数のPCを持っていないオタク層の存在も含めれば、全体としては必ずしもオタク文化の中心とまでは言えなかったのでしょう。
これが逆転するのがゼロ年代です。ゼロ年代に入るとPCやネットの普及率は更に高まり、オタクであれば誰でもPCを持ちエロゲもプレイしているような状況になります。もっとも過去の人気作品の練り直しや漫画・小説などからのネタの流用などもあり、エロゲは多数のオタクが触れるという意味でオタク文化の中心的な立場になりつつも、今度は先端としての新たな動きを仕掛ける側面はなくなっていたように思います。新たな流行は漫画やラノベにもっていかれた面がありますからね。その一例が日常系で、『あずまんが大王』や『げんしけん』などの人気をうけエロゲ的な制作会社の内幕を扱った『らくえん ~あいかわらずなぼく。の場合~』などが出てきます。
この時期というのは、深く掘り起こすのであれば、オタク文化から掘り起こすのが一番良いのでしょう。上記のように80年代や90年代の半ばまでは、この視点で語ることは誤解を招くし、そのような考えで理解しようとすることは誤った認識につながる可能性が高いので止めた方が良いでしょう。
90年代後半は、全面的にと考えると危険なのですが、流行のきっかけや一つの側面として捉えるなら有効だと思います。逆にゼロ年代後半はアニメ・ラノベ・動画サイトなど他媒体を中心としエロゲをプレイしないオタクも増えており、こちらもオタク文化の流れとは必ずしも直結しないのでしょう。そういう意味では、長いエロゲの歴史の中でもゼロ年代前半だけが直結しているとも言えるように思います。
詳しくはオタク論の話になり作品の話から外れてしまいますので、ここでは省略します。より深い部分は他の方に委ねましょう。何れにしろオタク文化としてエロゲもアニメもラノベも同じような視点になっていたということですね。よくエロゲのラノベ化だとかラノベのエロゲ化だとか言われますが、そのような表現が使われ出したのもゼロ年代に入った頃からです。そしてどっちが正解というよりも、両者が互いに少しずつ近接化していったというのが正しいのかなと思います。
ということで前置きが長くなってしまったのですが、両者が近接化することでライターは一つの手段にこだわる必要がなくなります。
その一つがゲームライターから小説家への転向であり、例えばヤマグチノボルさんは2000年の『カナリア ~この想いを歌に乗せて~』のノベライズ化をきっかけにライトノベル作家としてもデビューしていくことになります。他にも『秋桜の空に』の竹井10日さんもその後はラノベ作家になっていますし、ライターからラノベ作家へという流れが次第に出来上がっていくわけですね。
今はラノベの方が勢いがあるので、ライターからラノベ作家になるケースの方が目立っています。もっとも当然ながら近接化により逆のパターンもありうるわけで、その象徴的な一つの事例が人気ラノベ作家だった桑島由一さんのエロゲ進出となるのでしょう。これは当時は話題になったし、当時なら十分ありえた話なのですが、2003年辺りから電撃文庫の売上が格段に伸びていますし、ゼロ年代後半には新レーベルが次々に誕生し総売上も年々増加していますからね、ラノベからエロゲへの人材の移転というのは今となっては逆に珍しいケースのように思います。

ちょっと短いですが、きりが良いので、今回はここまで。
関連するタグ 


Making*Lovers       アオイトリ   夜巡る、ボクらの迷子教室
カテゴリ「エロゲの歴史」内の前後の記事





管理者にだけ表示を許可する

トラックバック http://advgamer.blog.fc2.com/tb.php/1765-24629ba6
| ホームへ戻る |