アダルトゲームの歴史 2001年 その1

アダルトゲームの歴史 2001年 その1

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第55弾ということで、
2001年の1回目になります。

2001年に発売されたアダルトゲームは、大体500本前後になります。

模倣なのか、それとも昇華なのか。
独自性を求めるのか総合力を求めるのか。
アダルトゲーム業界の主流であるADVがジャンルとしては読み物系のノベルゲーに統一されつつある中で、次に問われたのは内容の方向性でした。

まず前提として、ジャンルでADVが圧倒的多数なのは変わりません。そのADV内部にあっても、前年から時に紙芝居と揶揄されることもある読み物系のノベルゲーがほとんどを占めており、その点に関しても今後も変わりません。
他のジャンルに関しては、アリスの『大悪司』や『夜が来る!』に、カードゲームの『Choir』、SRPGの『幻燐の姫将軍』『DOUBLE』、STGの『とびでばいん』など、ADV以外でも売れているのは多いです。
あくまでも発売タイトル数が減ったということで、絶滅はしないけどポツポツと少数が作り続けられる状況が今後も続きます。
もっとも調教SLGに関しては『Brightia』のように、数値変動の管理というSLG本来の楽しみ方よりもイベントを見るADV的な楽しみ方に比重が置かれ、次第に調教ADVとの差がなくなってきており、ゼロ年代に入ってからは方向性が変化していっています。

さて、2000年に名作と語られることの多いノベルゲーと2001年に名作と語られることの多いノベルゲーとの間で、何が最も異なるのかと問われれば、それは音声の有無となるのでしょう。
もちろん、2000年以前にも音声の入った作品は抜きゲーを中心に多数ありますし、2001年以降も『Fate/stay night』のように音声がなくてもヒットした作品はあります。
しかし『AIR』に代表されるように、2000年までのシナリオに分量がありつつ内容も評価された作品には、ほぼ音声がありませんでした。
逆に2001年は『君が望む永遠』をはじめ、多くのシナリオ重視の話題作に音声が付き始めるようになりました。まずはこの点が一番の変化なのでしょう。

もっとも今なら音声が完全に標準化しているため、音声がない作品はそれだけでマイナスに評価されかねません。現在では事実上、フルプライスで音声なしでは発売できないような状況に陥っていますしね。
しかしこの時点では音声の付く作品がボリュームのある作品の中にも増え始めたというだけであり、音声が付くことで声優目当ての人の購入動機につながったり、質が良ければプラスに捉えてもらえるというだけで、まだ音声がないこと自体がマイナスに捉えられる時代ではありませんでした。つまりゼロ年代前半は音声が標準となっていく観点からは過渡期だったのです。だから音声のない『Fate/stay night』も受け入れられる土壌がまだ残っていたと言えるのでしょう。
音声の有無についてはもう少し語ることもあるのですが、その辺は次回に。

ついでに演出関連でグラフィックを見てみますと、優れたエフェクトの技術で話題になったのがアージュの『君が望む永遠』でした。個人的な感想で言いますと、『君が望む永遠』は前年の『化石の歌』などから特筆するほど進化したとも思えないので、書く必要はないのかなと最初は思ったのですけどね。でも『化石の歌』などの頃はまだマイナーで知らない人も多かったため、アージュの技術力の高さを広く世間に知らしめたという認知度の上昇の観点からは、『君が望む永遠』も外すことができないのでしょう。
またクロスネットの『DEEP VOICE』では画面に文字が浮かび上がる演出が注目を浴びました。この手法は『Blow』(1999)でも見かけられたので決して斬新というものでもなかったのですが、シナリオとリンクさせセールスポイントとして前面に押し出したことが話題性にもつながったのでしょう。
他にもリーフの『誰彼』ではチップアニメーションを用いて立ち絵の動きの進化に挑戦しています。この試みは必ずしも成功したとは言えないのですが、立ち絵での動きにより表現するという他社とは異なる特徴としてずっとリーフがこだわり続けていた部分だけに、リーフらしい挑戦でもあったのでしょう。
更にOPが作品に付くこと自体は90年代から既にあるのですが、次第にOPに力を入れるブランドが登場します。その代表例がminoriであり、デビュー作の『BITTERSWEET FOOLS』以降、OPに2002年のアニメ『ほしのこえ』で話題になった新海誠さんが起用されています。

またこれまでは主に2次元の話を念頭に置いて進めることが多かったのですが、アダルトゲームの中には3Dの作品も存在します。95年頃に登場したものは人間の形に見えるかすら怪しい物がありましたし、セールス的にも目立った存在ではなかったのでしょう。
しかし少しずつ技術が進化していき、2001年には『リバーシブルフェイス~尾行2~』『INTERACTPLAYVR』『捕らわれた硝子の心』が登場します。
グラフィック的にも格段に進化しセールスも好調であり、2001年は3Dの観点からは大いに飛躍した年でした。

既に存在していたけれど勢いが増したジャンルという点では、痴漢ゲーなどが該当するのでしょう。90年代後半にはインターハートが「悪戯シリーズ」など毎年コンスタントに痴漢ゲーを発売していました。なので供給自体は常にあったのですが、1社寡占状態のようなオンリーワンのジャンルでもありました。
それが前年の2000年には通勤快楽シリーズの初代『通勤快楽 ~痴漢でGO!~』(覇王)が発売され、2001年には『最終痴漢電車』(アトリエかぐや)が登場することで、痴漢ゲー市場も複数のブランドにより賑やかになっていきます。
痴漢ゲーというのも変遷があるもので、インターハートの一連の作品を始めとして、基本的にはポイント&クリック式のADVが多かったわけで、わかりやすく言えば「おさわりゲー」とも呼ばれる、直接触る場所を指定する類の作品がずっと主流でした。『最終痴漢電車』も「おさわりゲー」の亜種とも言えるのですが、どちらかと言うと、ノリは当時一般ゲーで流行っていた「音ゲー」に近いものがあり、音符にあわせリズミカルにタッチする必要があり、従来の「おさわりゲー」と異なる傾向を打ち立てたことが新しかったのです。
もっとも、インターハートのシリーズも『最終痴漢電車』も、ゲームとして痴漢を楽しむ傾向があるという点では共通しています。2003年に始まる『痴漢者トーマス』シリーズにしてもそうなのですが、ゼロ年代前半の痴漢ゲーは読ませるのではなく、ゲームであることを意識して設計されるものが多数であり、ADVを読み物でなくゲームとして楽しませようという発想がアダルトゲーム内で最後まで色濃く残っていたジャンルとも言えるでしょう。
しかしながらその痴漢ゲーも、ゼロ年代後半には例えば『痴漢専用車両』のような、読み物としてのノベルゲーが次第に増え始めます。従ってゼロ年代前半と後半とでは、同じ痴漢というジャンルの中であっても、システム的には異なる傾向になっているのです。

ここでは痴漢ゲーを題材にしましたが、痴漢ゲーの拡大はゼロ年代的な特徴も示しています。即ち、痴漢ゲーは90年代にもあったけれど、ごく少数のブランドのみが制作しており、他から選ぶことができない状況でもありました。マゾ向けゲーなど細かい属性特化の作品など属性特化の作品も多くのジャンルが既に存在していたのですが、そのブランドだけが作っているというように、マイナーな属性ほど寡占状態にありました。
しかし作品の数は年々増え、ついに年間で500本を突破します。これは5年前の倍以上になります。そのため一つの属性に対しても作品の数が増え、ユーザーが選択する機会が増えたのです。これは作品数増加がもたらしたゼロ年代になってようやく登場した状況とも言えるのでしょう。

また特徴的なところとしては、前年までも鬼畜系作品は元気だったのですが、前年の鬼畜系の代表作はシナリオで読ませたり、エロさとも密着した鬼畜でもありました。
そこに登場したのが「たっちー」の『最後に奏でる狂想曲』であり、これはヒロインらの悲鳴や絶叫を楽しむ作品ということで、従来の鬼畜系作品とは異なる方向性を有していたものです。
このように同じ属性間でも細分化されていくのがゼロ年代以降の特徴でもあるのでしょう。もっともまた後に語る機会もありますが、細分化というと増えていくイメージが強いですが、細分化され増えたものもあれば減るものもあるのです。痴漢ゲーで言えばおさわり系が今は減っていますし、鬼畜ゲーならシナリオで読ませる系統が減っています。寝取られゲーにしても寝取られる過程を描いた作品は増えていきますが、不意打ち系は年々減っていくことになり、今日ではほとんどありません。細分化により新しいものもゼロ年代後半に誕生はしているものの、その分なくなったものもあることから、細分化が即多様性の増加につながらないことだけは注意が必要なのでしょう。

さて、全体的なこの年の作品の動向に関しては次回以降で扱いますが、2001年はゲームそのものの中身以外の面で新しい局面が見えてきた年でもありました。
というのも、『君が望む永遠』では作品内における第1章を丸ごと体験版として公開されたのです。これまでの体験版は冒頭部分だけのお試しでしかなく、ボリュームはかなり少ないものでした。それに対し『君が望む永遠』の1章は並のノベルゲーのシナリオ1本分に相当する大ボリュームで、非常にやり応えがあったのです。
これは内容に自信がなければできない手法でもありますが、1章が面白く、かつ続きが気になる部分で終わることから、どうしても先が気になってしまったわけですね。今はゲームの体験版がかなり当り前になってきていますが、そういう流れは『君が望む永遠』がなければもっと浸透が遅れるか、或いは違った形になっていたかもしれません。業界における宣伝の方法の歴史という観点及びユーザーに新たな判断材料を提供した観点からは、非常に大きい出来事だったと思います。

この宣伝の上手さも手伝って『君が望む永遠』は大ヒットし、ユーザークラブの会員数も大幅に増えます。作品のヒットと共にユーザークラブも大きくなるというのも、2001年の大きな特徴なのでしょう。
例えばアリスソフトは90年代からユーザークラブが強固で、店頭での正式な発売日前に新作が届いたり特典が付いたりすることから、ユーザークラブを通じての販売もかなり多いと言われていました(というか、個人的にはアリスのゲームをユーザークラブの通販以外で購入する理由が見当たらかったですしね)。それだけでなくスタッフとの結びつきも強くユーザーフレンドリーの代名詞的存在でもありました。
しかし90年代の段階では、そういうケースは極めて稀であり、90年代まではユーザークラブに力を入れるところはあまりありませんでした。そうした状況が変化し、各ブランドがユーザークラブなどを通じてユーザーとの距離を縮めたり関係強化に力を入れだすようになるのも、この頃からだったように思います。
こうした作品の中身以外の状況というのは、例えばオタク的活動と全く無縁な私のような者だと最初はいまいちピンと来ない部分もあったのですが、実はその後にヒットする作品の方向性に大きな影響があったりします。
例えば投稿型動画サイトやMADの普及などにより、ゼロ年代後半はユーザー同士で盛り上がれるような作品が支持を得やすくなっていますよね。最近はツイッターと連動した作品すらもありますし。
『君が望む永遠』で会員数を伸ばしたアージュは、ニトロプラスやオーバーフローなどと共に「ちよれん」と呼ばれる連合組織を作ります。同様の組織としては、他に埼玉連合や北海道えろげー組合などがありました。
ちよれんはラジオ番組をやったり、イベントを行ったりしたことで、ユーザーとの関係を強化し互いに近い関係に立つことで、お祭的な感覚で制作側とユーザーが一緒になって盛り上げていったのです。これまでは作品の質のみでファンが生まれていったのですが、それ以外のゲーム外部においてもファンが増える手段が出てきたことで、新しい文化が次第に形成されていったとも言えるのでしょう。
こういう活動が本格化しだしたのが2001年末であり、故に『君が望む永遠』そのものに対する影響はそれほどないのでしょう。しかしながら、確かにちよれんという狭い範囲では『君が望む永遠』は時期的に関係のない話となるのものの、体験版をネタにして本編の発売前から皆で盛り上げていったという点では、広い意味での「祭」は既に始まっているとも言えます。
何れにしろ、ゼロ年代前半に人気になっていったブランド・作品の背景にはこういうブランドとユーザーとの間の一体感や盛り上げる活動という側面があるということで、アダルトゲームの歴史という作品の歴史を振り返る上においても、かかる外部事情は決して外せないように思います。今だと一歩間違えればステマ扱いになりかねないですからね、同じことをやっても年代によって捉えられ方が異なることが面白いと言えば面白いのかもしれません。
因みに、そういう外部的なつながりの観点からは、投稿型動画サイトの普及は、ブランドとユーザーというゼロ年代前半的なつながりを断ち切り、ユーザー間での盛り上がりに移行させた点で興味深い存在なのかなと思います。



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