DUST A TALE OF THE WIRED WEST

DUST A TALE OF THE WIRED WEST

『DUST A TALE OF THE WIRED WEST』は1996年にWIN用として、
バンダイデジタルエンターテイメントから発売されました。

開発はCYBERFLIXで、オリジナルの英語版は95年の発売です。
本作はそれの日本語版になります。

dust01.jpg

<概要>


ビル・アップルトン製作のインタラクティブムービーになります。
もっともイメージとしては、オープンワールドであるとか、
箱庭風のマップの中をキャラが自由に行動するADVと考えた方が、
正確に把握できるのでしょう。

内容は西部劇を題材にしたものであり、
舞台は1882年のニューメキシコ州ダイヤモンドバックとなります。
そしてそこで起きた様々な出来事を体験することになります。

<総論>


ジャンルには旬があると思います。
単純に人気が集まったが故に良い物が揃ったって場合もありますが、
それ以外にも、この時期この機種だからこそ、なしえたってのがあるのです。
むしろ本当に素晴らしい作品は、そういう中から生まれてくるのでしょう。

ムービー系のADVなんかが分かりやすいでしょうか。
これらのジャンルは容量の少ないROMカセットでは駄目で、
媒体がCDのような大容量の物でなければ魅力が出せませんでした。

その反面、ある程度の大容量の媒体と、
フルカラーのムービー・フルボイスを実現できる環境が整えば、
それで大概のことは出来ちゃうわけです。
それ以上はハードが進化しても、あまり代わり映えしなかったりしますから。
だからムービー系のADVにとっては、
そういう環境が整った時期が旬だったのです。

さて、『DUST』は西部劇の物語であります。
西部劇という設定自体がゲーム、特にADVでは珍しい気もするのですが、
あの風や砂埃の舞う荒野の世界は、
ドット絵では表現しきれなかったでしょう。
windowsとCDの時代になり、実写とCGによる表現が可能になって、
エフェクト面で砂埃の舞う演出もできるようになって、
住民達もリアルタイムで動かす処理できるようになって、
それでようやく西部劇の持つ魅力を、
十分に伝えられるようになったのだと思います。

その一方で、西部劇の舞台に最先端の技術は要らないのです。
若干チープさが漂うくらいの最低限の道具さえあれば、
それで西部劇は成立するのです。
いや、むしろ最先端の技術とか処理能力とか派手な演出とか、
そんなものはかえって邪魔です。
そんなもので着色された西部劇なんか、興醒めもいいところです。

windows初期の時代、CDも使えるようになり、
実写やCGでリアリティのある映像やムービーを作れるようになりました。
当時は、それで凄いな~って感動したものですが、
今となってはとても粗く、見るに耐えないチープな物が多いです。
よくこれで感動できたものだと思う場合もありますが、
それだけプレイヤーの目が肥えてしまったんですね。

でも、そんな今でも全く色褪せないのが本作なのです。
この時期の画質の持つ荒々しさやチープさが、
より一層西部劇の魅力を引き出しているのですから。
SFだと、こうはいかないわけでして。
これは西部劇だからこそ当てはまるんだと思います。

1995年。
このゲームの魅力を最大限に活かすためには、
この年以上に適した時期はなかったでしょう。

制作したCYBERFLIXはビル・アップルトンの作った会社です。
ビル・アップルトンは元リアクター社のメンバーで、
リアクター社と言えば『スペースシップワーロック』を筆頭に、
インタラクティブムービーの先駆けとなったところです。
またMACと言えばハイパーカードが有名ですが、
その拡張版的なスーパーカードを作ったのも、
確かビル・アップルトンだったはずです。
その彼が作った本作。
これより早い時期だと、リアリティを出す上で技術的に困難を伴うでしょう。
でもこれより遅いと、インパクトは失われていく一方です。

発売が遅くて時代遅れな作品や、或いは早すぎて時代を先取りしすぎた作品。
意外とそういう作品は多いです。
しかし本作は、そんなビル・アップルトンにより、
この時期この瞬間しかないという、
まさに一番の旬の時期に満を持して発売された作品だったのです。

<グラフィック>


最高のタイミングで発売された『DUST』。
オリジナル版に関しては、海外ではかなり絶賛されたりしています。

実写やCGを駆使することで、グラフィック面での雰囲気は抜群でした。
リアルタイムで行動するキャラ、照りつける太陽に舞い上がる砂埃、
リアリティや臨場感も抜群でしたね。

また、これらがスムーズに進行するんですよ。
これはビル・アップルトンの技術力があったからなのかもしれません。
おそらく、ここまで込み入ったものを当時の別の所が作っても、
動作の遅いろくでもない物に仕上がっていたでしょう。
優れたアイデアを現実化できた背景には、
技術力というバックボーンがあったからなのだと思います。

<ゲームデザイン>


ゲームは基本的にはインタラクティブムービーと紹介されやすいですが、
異なる観点からみるならば、
1人称視点の、ポイント&クリック(P&C)式のADVになるのでしょう。

本作は3D視点のゲームであり、
住民らは自分の予定にそってリアルタイムで行動します。
プレイヤーは主人公を直接移動させ、
そのキャラたちと会話することで、ゲームが進行していきます。
町の中という箱庭的世界を堪能する作品ですので、
今だとオープンワールド系の先駆けと捉えることもできるでしょうか。

本作はマルチストーリー系の作品ですので、
どの住民とのフラグを立てたかによりイベントが異なります。
冒険・恋愛・決闘など様々です。
その中では物語に即したミニゲームもあり、
例えば仲間らと賭けごとに興じたりもできます。
本作は西部劇を題材にしていますので、
当然ながら銃を使った決闘シーンなんかもミニゲームであります。
ここはアクションゲームっぽくなるので、
アクションがド下手な私には結構辛かったですね。

<ストーリー>


舞台は1882年のニューメキシコ州ダイヤモンドバック。
無法の町に降り立った主人公は、果たしてそこで生き残れるのか。
ある時は先住民の失われた財宝を求め、謎解きをしながら廃坑を探検。
またある時は、平和のために住民の間に起こった問題を解決。
中には、ちょっとしたラブロマンスもありましたっけ。
他にもポーカーとかミニゲーム的要素もありましたし、
ボリューム的にも問題はありませんでした。

冒険に恋愛、謎解きに充実したテキスト、
そして忘れてならないガンアクションと、
実に様々な要素が含まれていましたね。
それによって、住民達がそこに生きているんだという実感が、
ハッキリと伝わってくるようでした。
客観的に見れば、かなり良く出来た作品だったのではないでしょうか。
たぶん、技術的には当時最高レベルにあったと思います。

ただ、根本的に私は西部劇自体はそんなに好きではないんですよね。
こればっかりはどうしようもない話かもしれませんけど。
もっとも、西部劇が好きな人も絶賛していますから、
出来自体は保障できるのでしょうけどね。

<サウンド>


まぁ、私個人の好みはどうでもいいとしても、
実は日本語版にはもう一つ最大の弱点がありました。
この作品、登場人物が50人以上いたと思うんですよね。
セリフがあって音声がつくのは28人みたいなのですが、
日本語版のパッケージを引っ張り出してみたら、
35人以上のキャラに全17人の吹き替えとなっていました。
正確な人数は数えてないのでよくわからないですが、
少なく見積もっても17人というのは結構多いですよね。
それを何と、清水ミチコさんと松尾貴史さんの2人で担当しているのです。

いや、この2人はとても好きですよ。
高い技術とセンスを持っている人たちだと思っていますし。
でもね、これは企画自体に無理がありましたね。
四方八方から同じ声ばかりが聞こえてきますもん。
1人2役どころの話じゃないですから、当然かもしれませんけど。
しかもこの頃ってゲームに音声を入れることは始まったばかりでしたしね、
あまり勝手も分からなかったでしょう。
だから状況もよく教えてもらえないで吹き込んだのかなとは思いましたが、
何れにしろ普段より甲高く話す清水ミチコさんの声が、
西部劇の舞台と全くあっていないのです。
あれは、ある意味地獄でした。

有名人を起用して音声が酷かった作品の代表例として、
よくPSの「キャプテン・ラヴ」の名前が挙がります。
あれも酷かったですが、個人的にはそれ以上に酷く感じました。
変なのが1人だけという点では、
「キャプテン・ラヴ」はまだ救われている方だと思いますしね。
たぶん、音声がトラウマになったという意味では、
私の中では歴代1位ではないでしょうか。

そういうわけで、基本的な出来の良さや他の素晴らしい部分を、
音声が全て吹っ飛ばしたかのような作品でした。
一応名作としておきますが、音声によるマイナスがあまりにも大きいので、
褒めてるわりに点数が伸びていません。
私の評価はそんな感じですが、
西部劇が好きなら1ランク以上確実に上がりますし、
音声をシャットアウトするか英語版でのプレイなら、更に上がるでしょう。
存在意義も考慮するなら、傑作と考える人がいても不思議ではありません。
そういう意味では海外版の高評価も理解できる作品でもありましたね。

<感想・総合>


90年に生まれたインタラクティブムービーは、
90年代中頃になると次第に限界も見えてきました。
その解決策の一つが謎解き重視によるMYST系ADVなのでしょう。
でも、それ以外の方向性だってきっとあるはずです。
インタラクティブムービーのその先に、
もっと総合的なエンターテイメントとしての存在を模索する。
その1つの可能性は、
『スペースシップワーロック』を制作したジョー・スパークスによって、
『トータルディストーション』という形で実現されました。
その『トータルディストーション』が出たのが1995年。
同じ1995年に同じくリアクター社のメンバーだったアップルトンは、
『DUST』を発売しました。
リアリティのある町とその中でリアルタイムに行動し生活する住民、
そこに当時のADVとして考えうる多くの要素が織り込まれた本作は、
『トータルディストーション』とは異なる形で表現された、
もう一つのインタラクティブムービーの先の姿だったのではないでしょうか。
『トータルディストーション』がより変則的な新しい形を目指すならば、
『DUST』はMYST系やインタラクティブムービーと、
従来のP&C式の融合の方向を進んだように思います。
そういう意味では現在のP&C式に近いものがありますね。
もっとも、両者の優劣や是非がどうのというのではなく、
さまざまな可能性・方向性がユーザーの前に提示されたということが、
実は一番意味があるのかもしれません。

あの当時は、私をはじめ多くのADVファンが、
とにかく綺麗なCGと謎解きだけを求めてしまいました。
なまじ『MYST』が良かっただけに、その影を追いかけてしまったのです。
それはそれで楽しかったのですが、
結果としてMYSTクローンなる作品が氾濫することで、
ADVとしての可能性をどんどん狭くしてしまいました。

今のアダルトゲームも同じですよね。
可愛いキャラと萌えるストーリー、売れる路線を追求するあまり、
ゲーム性は削られていき多様性がどんどん失われています。
『トータルディストーション』や『DUST』が求めたもの、
それがもっと正当に評価されて支持を得ていたら、
ADVはもっと早くに違う方向性を見出せていたのかもしれません。

CYBERFLIXは翌年に『タイタニック』を制作しています。
そちらもMYST系とP&C式の中間的な形にリアルタイム要素を混ぜています。
この2本がブランドの代表作となるのでしょうが、
これらの作品や『トータルディストーション』は、
ADVとは何なのかを考える上で実に興味深い様々な問題提起を行っています。
私も普段ゲームに点数を付けていますが、
必ずしも点数の高いゲームが全てではありません。
ADVを語る上で、これらは知っておかなければならないと思うのです。
もちろん、本作をプレイした上で否定派に回っても良いでしょう。
私だって別に高い点を付けているわけではないですしね。
大事なのは、先鋭すぎて一般人がついていけなかった、
ビル・アップルトンやジョー・スパークスの持つ視点・意識、
それを理解することにあるように思うのです。

ランク:A-(名作)

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