アダルトゲームの歴史 1995年 その1

アダルトゲームの歴史 1995年 その1

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第29弾ということで、
1995年の1回目になります。

1995年は未確認ではありますが、200本以上発売されているようです。
内訳としてはその半数以上がADVで、RPG、SLG、麻雀がそれぞれ1割前後、残りの1割強がその他になります。

欠点をなくしつつ複数の面で長所を有するゲームが増え、黄金期に入りつつあった94年。群雄割拠の時代になるかと思いきや、1年を通して売れ続け話題になり続けたのは『同級生2』でした。95年がどんな年かと聞かれた場合、良くも悪くも『同級生2』の年であり、個人の評価や好き嫌いを別に考えるのであれば、アダルトゲーム史上最も話題性の高かった作品であり、アダルトゲームの歴史を振り返る上では絶対に避けることのできないタイトルが『同級生2』なのでしょう。

さて、『同級生2』がどんなゲームかに関しては、最初から全部説明するとかなり長くなってしまいます。しかしその長くなる部分の大半は前作である『同級生』からの流用であり、実は『同級生2』ならではのシステムというのはほとんどありません。なので『同級生』を知っていることを前提とするならば、『同級生』よりも攻略対象キャラの数を増やすことでボリュームを更に増し、他方で恋愛要素を増やしてストーリー部分を強化したゲームとなります。
アダルトゲーム屈指の自由度にゲーム性、そして高難度を有した前作をベースに、そこに高いストーリー性を加えたわけですからね。捉えようによっては死角なしの1つの完成形のようでもあります。実際、当時は『同級生2』こそが最高のアダルトゲームという人も非常に多くいましたし。

そもそも恋愛ゲームの元祖をどこに置くかは難しい部分もありますが、少なくとも『同級生』でないことは間違いないでしょう。恋愛ゲームとして恋愛を主目的に設計されていない上に、それ以前にも恋愛ゲームはありましたからね。
ただ、どれが元祖であるのかは、実はあまり意味がないのかもしれません。80年代後半から恋愛ゲームはありますし、それからも少数ながらに発売され続け、また恋愛が主目的ではなくても恋愛要素を含んだゲームは常に発売され続けています。しかし恋愛を主目的としたゲームは決して主流な立場にはなく、ブームと呼べるような大きな動きはずっと来ていませんでしたからね。

その状況が一変したのは95年です。95年1月に『同級生2』が発売され、他社からも後を追うように恋愛ゲームが増え始めました。
このように表現するとエルフ主導で増えていったような印象を抱きがちですし、こういう表現の仕方は他所でもやっているので一般的なのかもしれませんが、個人的に思うのはむしろ逆なのかなと。印象的にはアイデス等がコンスタントに恋愛ゲームを出し続けていて、少しずつブームへの下地が出来上がっていったところに、エルフがキラーソフトである『同級生』の続編を恋愛色を強めた作品として出すことにより、恋愛ゲームブームへの流れを決定付けたって感じでしょうか。
他方でコンシューマーでは『ときめきメモリアル』のPS版が発売され、客観的なタイトル数の面からも主観的な話題性の面からも「恋愛ゲーム」というものが目立ち始めたのが95年だったのです。
まだ全体の多数派と呼べるほどの圧倒的な数には至っていないものの、それでも初めて本格的なブームが到来したという意味では、実質的な「恋愛ゲーム元年」に近いように思います。これは決して個人的な考えではなく、当時の多くの人が恋愛ゲーム元年としてこの年を位置付けていました。つまり後の恋愛ゲーム人気は95年から始まったと言って過言でないのでしょう。そしてそれが『同級生2』によるものだと断言するには少々疑問は残るものの、少なくとも恋愛ゲーム元年の象徴たる作品であることは異論のないところではないでしょうか。

こうして元祖ではないものの恋愛ゲームブームの先駆けとなった『同級生2』は、単に恋愛ゲームであることだけにはとどまりませんでした。
ここはエルフのゲームが優れているが故の副産物なのかもしれませんが、名作と呼ばれる作品の多くは制作者が意図した以上のプラスアルファが生じているのです。例えば『同級生』にしてもナンパゲーであり、イベントを積み重ねていくことで自分で物語を作り上げていくことにメインがあり、その1要素として恋愛が含まれていました。しかし蛭田氏自身が驚くように、予想以上に恋愛部分に関心を抱くユーザーがいたわけです。これは1要素とはいえ内容がしっかり伴っていたことから、恋愛を求める人が支持をしたということなのでしょう。
今回の『同級生2』の場合は恋愛というストーリー部分を強化したわけですが、ユーザーがより強烈な反応を示したのはストーリーそのものよりも、キャラに対する萌えでした。
萌えという言葉がいつ発生したのかは、正確には分かりません。『恐竜惑星』(1993~)の萌ちゃんが起源という説が強いですが、いろいろ説も分かれますし。まぁ何れにしろその近辺の時期に生まれたんでしょうけどね。細かい部分はオタク論の分野になるのでそちらに詳しい方に委ねますが、何れにしろ90年代前半に言葉自体は生まれつつも、まだそれほど普及していなかったと思います。
特にアダルトゲームはプレイしていてもアニメオタク層と異なる人には、萌えはまだ縁のない言葉でした。そんな萌えという言葉を知らなかった人でも否応なしに耳にする機会が増え始めたのも、『同級生2』人気があったからからだと思います。「唯萌え」とか「桜子萌え」って散々聞かされましたしね。個別に見るならば、唯は妹属性人気の先駆けですし、桜子には多くの人が泣かされたものです(そういう意味では泣きゲーでもあるのでしょう。ただ当時は何でもかんでもカテゴライズする風潮がなかったから泣きゲーと呼ばれにくかっただけで)。
絵柄からすると今の萌えともまた傾向が異なるので、当時を知らないとこれは萌え絵ではないだろって違和感がある人もいるかもしれません。しかし萌えがロリ化を伴って今の形になりだすのは96年以降のことであって、今と形態は違えど萌えはあったのです。
その昔、ポスタードリームというのがあり、スロットで3つの数字が揃えばキャラの等身大の巨大ポスターが手に入るというものがありました。目押しは無理で運に任せるしかない上に、どのキャラのポスターが出てくるかも分からず、コンプするにはかなりの大金を必要としたようです。そのポスターを背中のリュックに差した姿がさながらガンダムのバックパックに差したビームサーベルのような光景だったことから、そのまんまビームサーベルを差して歩くという表現が用いられ、それが一時期の秋葉原のよくある日常的な光景になっていました。
そのポスタードリームも後期はいろんな作品を扱いだすのですが、一番最初の頃は『同級生2』だったわけで、それくらい「鳴沢唯」や「杉本桜子」は当時絶大な人気を有していたのです。

このように、アダルトゲームの歴史において『同級生2』がもたらしたものは、ストーリーにおける恋愛系のブームと、キャラに対する「萌え」という概念でした。これは1面においては単なる1ジャンル・属性の問題だろとも言えるのですが、恋愛と萌えというのはその後のアダルトゲームのほぼ全てを占める概念ですからね。捉え方次第では最大級の変革とも言えるように思えるわけで、恋愛ゲームとしての萌えゲーとしての美少女ゲームはここから始まったのでしょう。

さて『同級生2』の功と罪と言いますか、何にだって光があれば陰もあるのです。
高いゲーム性に高いストーリー性を加えれば完璧と、ものごとはそう簡単にいくものではありません。
実際の『同級生2』はどんなゲームだったかと言うと、ストーリー性の向上によりクリアに必要なイベントやフラグが増え、難易度はより一層増しました。プレイヤーはストーカーのごとくターゲットを追い回し、目当てでないヒロインとばかり出会うと、今度は自分がストーカーにあっているような思いにかられました。
とにかくイベントを追うことになるため、前作のような自由に動き回り街全体を体感する余裕はなくなったのです。従って理論上はともかく、現実的な体感としては自由度が下がってしまったわけですね。もちろん『同級生2』に恋愛を求めた人には問題はないのですが、自由度を求めた人には不満の残る内容になってしまったわけです。

こういう問題はいつの時代もありうるわけで、例えば90年代後半に海外で最も高い評価を得たRPGに『バルダーズゲート』があります。高い自由度が特徴だった『バルダーズゲート』に対し、続編はストーリー部分も大幅に強化しました。そして一般的な海外の評価としては『バルダーズゲート2』は初代を超え、歴代でも最高と言えるほどの評価を得ました。
しかし海外での絶賛とは反対に、日本での評価はそれ程でもありませんでした。日本の場合、国産RPGがあるのにあえて海外のRPGに手を出す人は、国産RPGにない自由度を求める傾向が強いです。『バルダーズゲート2』はイベントにつぐイベントであり、要である自由度が減ってしまったわけですね。だから国内では求めているものとは違うということで、前作ほどの人気にはならなかったのです。

『同級生2』は一見すると前作と同じシステムなのですが、実質的に自由度が減ることでゲーム性が減少しているのです。前作が架空世界を体験する傍らでヒロインとの恋愛を楽しむのに対し、今作はヒロインとの恋愛を楽しむ傍らで架空世界を楽しむゲームになりました。主目的が変わった点で、実質的に異なるゲームになったのです。
加えて移動は直接移動だけでなくマップ上からの選択も可能と簡易化しており、これはユーザーの利便性を配慮したとも言えるのですが、他方で直接移動させる必要性はないのだという自己否定とも言えました。
そもそも『同級生2』自体が『同級生』のマイナーチェンジでしかなく、ゲームデザイン的には新しい部分がありません。これまでのエルフのヒット作はゲームデザイン・システム面で何か新しい方向に挑戦したゲームが非常に多く、その斬新さが支持された所以でもありました。
『同級生2』が大きな支持を得るということは、ユーザーが求めているのは恋愛ストーリーであり萌えられるキャラであり、もう新しいシステムは要らないんだよということの裏返しでもあります。以後のゲーム性を有しない恋愛・萌えノベル路線への布石は『同級生2』自身が作り出しているのです。

このことは難易度の面からも言えるでしょうね。『同級生2』は非常に難易度の高いゲームでした。次回扱いますが、他社のそれ以外のゲームも複雑化を辿り高難度のゲームが続出しました。
難易度の上昇によってジャンル自体が衰退したシューティングゲームのように、難易度を重視することは新規層の加入を拒み、既存ユーザーもついていけなくなった時点で離れるため、後は衰退が待っているだけなのです。『同級生2』は最高だった大満足だったと感じた人でも、それ以上を求めた人はどれだけいたのでしょうか。これ以上雁字搦めにされることを望んだ人はいたのでしょうか。
アイデスの恋愛系は『同級生2』よりも簡単な構造なのに人気がありました。恋愛や萌えの追求にこれ以上のゲームの難しさを求める必要はないのだと、皮肉にも『同級生2』が気付かせてくれたのかもしれません。

ここまで『同級生2』視点で恋愛を語っていますが、本当はアイデス(後のF&C)を中心に据えた方が流れが分かりやすいのかもしれないですね。F&Cが今ではすっかり堕ちちゃったのと、エルフからノベル時代に安易につなげたがる人がいるのであまりにも露骨かつ不当に軽視されがちなのですが、エルフ・アリスと並ぶ当時の最大手の動きは決して無視できません。
アイデスは『バーチャコール』のような流行に合わせた高難度のゲームを出す一方で、『晴れのち胸騒ぎ』や『DokiDokiバケーション』のような簡単なラブコメ路線も展開させていたわけで、作品の数が多いこともあってエルフよりも恋愛関連は多彩です。96年には『同窓会』や『PIAキャロ』も出していますし、恋愛ゲームに必要なのは恋愛ストーリーと綺麗で可愛い絵とキャラであり、システムは簡素なものでも構わないという大枠における流れを次第に作っていったわけです。よく織田がつき羽柴がこねし~って例えがありますが、『同級生2』が提示した方向性をゲームの簡素化という方向でアイデスが推し進め、最後にWIN95化で他社が対応しきれていない内に『TO HEART』が持っていったと、それが一番しっくりくるように思います。少なくとも、エルフから葉鍵に持っていくのが短絡すぎるのは確かでしょう。

この流れを背景から支えたのが、理念の変化にあるように思います。『同級生』以前というのは、ハードの性能も乏しかったし技術も乏しかったことから、システムも時代の流れに左右される側面がありました。
それに比べて『同級生』はストーリーとシステムが非常にマッチしており、それ以後はシステムに合ったストーリーを、ストーリーに合ったシステムをというのが、背景に横たわる理念として定着していったように思います。
93年頃から次第にPCの性能も上がっていき、他社でも自分の作品に合わせてシステムを変えています。有名になるのはいつの時代も限られた作品だけだから埋もれたままのものも多いし、表記するこちらも面倒臭がってつい単一の表現を用いがちなのですが、1つ1つのゲームが細かい部分ではシステムが異なるんですよね。上手くいかなかったり、ユーザーに作り手の想いがキッチリ伝わりきらなかったことは多々あれど、それぞれがシステムとストーリーの融合を図っていたのです。

エルフはその部分が他所より上手かったのですが、『同級生2』ではその姿勢を感じ取ることができませんでした。システムとストーリーがマッチしていないのです。『同級生』のシステムに恋愛を載せただけであって、恋愛や萌えを主軸に据えるのであれば、平時における画面クリックも直接移動も時間の概念もあまり要らないのです。個人的には、この不一致が一番の違和感として重くのしかかりました。
必須でないなら削ってしまえば良いというのがその後の流れにつながるわけですが、それだけでなくシステムとストーリーがマッチしていなくてもヒットしてしまうのなら、そんなところを深く考える必要はないとなります。ユーザーが一番求めているのがストーリーであり萌えであるならば、そして最早ゲームデザインに興味が持たれないというのであれば、どんな内容であれ全部読ませるゲームにしてしまえば良いともなります。
それでもゲームならではの表現みたいなゲームデザインにこだわり続ける動きもしばらくは根強く残ったことから、1夜にして時代が変わる・全てが変化するみたいなことにはならないのですが、『同級生2』の大ヒットというのは、今に続く方向性を既に示していたように思うのです。

関連するタグ 


消えた世界と月と少女   少女グラフィティ    少女と年の差、ふたまわり。
カテゴリ「エロゲの歴史」内の前後の記事





管理者にだけ表示を許可する

トラックバック http://advgamer.blog.fc2.com/tb.php/1085-7fe40477
| ホームへ戻る |